| 大山総裁との初海外遠征(スリランカ、マレーシア、シンガポール、インドネシア) |
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大山総裁、ピーターチャン支部長(シンガポール)、スジョート支部長(インドネシア)、現地稽古生、松井先輩、私 (インドネシアのビーチ) |
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最前列左から平田先輩、松井先輩、私 (スリランカ) 最破の演武(私) 波打ち際にて回し蹴り 松井先輩(左端)、私(右から2番目) |
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はじめに 東京西支部ホームページをご覧下さいましてありがとうございます。稽古生から、親睦会の度に海外出張の事を質問される事が多く、機関誌"極真魂"に掲載されたレポートのみを順次アップしていきます(ここ最近は筆無精の為海外出張しても、現地の人や、同行していた人にレポートをお願いしたり、全く書かなかったりしていますし(今後も書かないでしょう(笑))、大山総裁存命中の海外出張(パワー空手に載せたもの)も掲載していませんのでご了承下さい)。 |
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大石師範と私 (モスクワ) 後年UWFで活躍するベケシエフ(左)と今は亡きクレメンテフ(右) |
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モスクワ(赤の広場) セミナー後の大石師範(左)、ヤクーニン支部長(左から3番目)、私 (ロシア、エカテリンブルグ) |
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TV局の取材終了後 平安Uの説明 |
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横蹴りの解説 技の説明を通訳の方に伝える |
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セミナー終了後 護身術の稽古 |
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大山倍達総裁の付き人として初めて海外に出てから約24年になります。この付き人に選ばれたのには、こんな事がありました。内弟子生活にも慣れてきたある日、内弟子同期生11名が館長室(当時は総裁ではなく館長でした)に呼ばれ、大山総裁の前で、11名が揃って不動立ちでいますと理由を告げる訳でもなく"君達、ジャンケンしなさい!"の一言。私達は訳が
わからないままジャンケンをして、私が勝ち残りました。すると大山総裁が"誰が勝ったんだ?"私は"押忍、自分が勝ちました"と答えました。大山総裁は"君、私と一緒に行くからね"そして"御苦労様、みんな下がりなさい"と言われたのですが、私は全く何の事かわからないまま館長室を出たのです。秘書の方によると、第一回スリランカ大会があり、大山総裁がそれに招待されているのでそれに付いて行くという事でした(大山総裁は、運というものをかなり大切にしていましたので、ジャンケンで勝ち運を試し、勝ち残った人間を連れて行くつもりだったようです)。松井先輩、平田先輩も一緒に行く事になっていましたが、試合に出るか、演武をするのかという可能性がありましたので、内弟子になって1年(19歳)、茶帯の私には、かなりのプレッシャーであったことを思い出します。それ以来、大山総裁には、回数もわからないくらい海外での経験をさせて頂きました。私が総本部正指導員をさせて頂いていた前後には松井先輩に次いで海外出張が多かったと思います。世界チャンピオンでも日本チャンピオンでも、組織の幹部でもない自分にチャンスを下さった大山総裁には、本当に感謝しています。ありがとうございました。海外出張の一部ではありますが、見聞を広める手助けになるかと思いますので読んでみて下さい。 柚井(2006/5/7) 海外レポートの入り口は一番最後にありますので、そこをクリックしてください。 |
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みんなで食事。あまり美味しくない料理の事を向かい側に座っている黒澤さん(現、黒澤道場代表師範)と話をした記憶があります。(ロシア、ハバロフスク) |
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審査会の見学(ハバロフスク) 食事後に記念撮影(分裂後、バラバラになってしまった懐かしい面々) |
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サヨナラパーティー(キエフ) 川下りの船上(A)(キエフ) |
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川下りの船上(B)(キエフ) キエフの街中で |
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キエフでの試合(A)(左が私) キエフでの試合(B)(右が私) |
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私だけ、キエフから単身ハンガリー入りするので、みんなに 第1回ドイツ国際大会(ベルリン)出場後、参加選手と(ベルリンの壁、崩壊後) |
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第1回ドイツ国際大会(ベルリン)(日本からは、私と石田が出場) イタリアの脇内先輩にセミナー・演武会で招待して頂いた時の食事会(イタリアシシリー島) |
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初めてハンガリーを訪れた時のセミナー セミナーでの稽古中(ハンガリー) |
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イタリアに向かう途中で寄ったエジプトで石井先輩と セミナーでカルマン師範を相手に技の説明(ハンガリー) |
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わかるかな?コロッセオ闘技場前の小さな私(イタリア・ローマ) エジプト・ピラミッドを背景に |
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