ハンガリー・スイス・ルーマニア遠征記
合宿地ペーチ地区の道場責任者ガラシュさん、西田師範、私。
今回ハンガリー合宿に参加したインストラクターの面々 (ハンガリー)
女子の部の上級者と記念撮影(スイス)
稽古後、フォン・ロッツ師範と (スイス)
上級者クラス終了後のスナップ
イタリアから参加した上級者の人たちと (スイス)
合宿中の組手稽古(ルーマニア)
旅の途中で寄った警察学校で警官の卵の人たちと。 合宿初日に撮影して作られた今回の合宿の絵はがき。
(1999年7月〜8月)
招待して頂いたレストランにて(ハンガリー)
今年も、7/10〜8/11の1ヶ月間、ハンガリー(7/12〜7/17)、スイス(7/17〜7/23)ルーマニア(7/25〜7/31)の夏合宿で稽古してきました。毎年、招待して頂く度に勉強させて頂いています。今年は、昨年とは違い、またひとり旅でした。一年置きにひとり旅になりますが、これはこれでとてもいいものです。さて、ブタペストに到着すると、いつものようにカルマン師範と通訳のアンドレアさんが出迎えに来て下さって、昨年と同じ合宿地、ペーチへ向けて、約3時間半の車の旅が始まりました。車中では、この一年間のお互いの事、空手の事などでいつも盛り上がります。尽きない話も、ペーチに到着した事で終了、早速、部屋に案内してもらい軽い食事をして、すぐに寝ました。昨年は、三瓶師範、三好師範、三和師範をはじめ計12名で合宿生活を送り、とても楽しい思い出となりました。今年の合宿めぐりは、どうなるだろうかという期待と不安、そして招待して頂いている責任感が私を支配していました。毎年このような気持ちであるわけです。
今年のハンガリー合宿は、約350名が参加。参加国は、ベルギー、オーストリア、デンマーク、ルーマニア、ウクライナ、イタリア、パキスタン、チュニジア、イギリス、日本と、いつもより人種は多めでした。稽古は例年どおり、朝はスタミナトレーニング、午前は基本、型、午後は組手稽古で、朝は選手クラス、一般クラス、壮年クラスと3つに分かれ、午前・午後は、黒帯、茶帯、緑帯、黄帯と4つに分かれて稽古をしました。これが、5泊6日で続きます。今年も私は、色々なグループを順番に担当し、みんなと一緒に稽古をしました。合宿が始まって、2日過ぎてから、西田師範と城北支部の田中君が合宿に合流、翌日から西田師範は黒帯クラス、または道場責任者のグループをずっと担当し、田中くんは西田師範のアシスタントとして手伝いをしていました。西田師範の大学教授顔負けの、確立された説得力ある理論で進められる稽古に、みんな引き込まれていったようです。いつもの事ですが、合宿生活だけでも大変なのに、一日3回の稽古を頑張ってこなし、最終日には昇級、昇段審査に全てをかけるのですが、今回は、(いつもより少なめで、)112名が受審しました。相変わらず、厳しい審査で、64%の合格率でした。最高位、三段を受けたのは一名で、ヨーロッパ選手権、型の部で常にベスト4に入り、昨年は準優勝だったアティラ・トスでした。組手で、だいぶきつそうな彼でしたが、合格できて、ボロボロになった体を気にせず、とても喜んでいました。さて、合宿中は多数の外国人参加という事で、交流も盛んで、湖へ泳ぎに行ったり、温泉へ入ったり楽しく過ごしました。
今回の世界大会のハンガリー出場選手枠は4名。この時点では、まだハッキリと決まっていませんでしたが、10名の中から選考するとカルマン師範が言っていました(このレポートが極真魂に載る頃には、既に決まっています)。今、ハンガリーで一番強いのが、前回の世界大会にも出場した、デレク・デュラです。昨年ヨーロッパ選手権で3位、今年はベスト8、いずれも体重判定によるものなので、一方的に負けたわけではありません。私も良く知っているこのデュラ、問題なのが、体の大きい人間にありがちな、ボーっとしているタイプのため、カルマン師範も、世界大会で活躍できるかどうか、頭を悩ませています。そのデュラが現在のハンガリーの最強なので、カルマン師範は悩みが尽きないようです。しかし、過去の世界大会では京都の三明くんが、ブレゾバイ・シャンドルに、ワールドカップでは横浜の茂木くんがアンタル・ベンツェ(彼はこのワールドカップで選手引退)に負けています。ハンガリーの軽量級、中量級は、昔から強いですから注意が必要です。この2人とはハンガリーで組手をやった事があり、けっこう親しいので、試合前に、三明くんも茂木くんにも恐ろしいほどの強さではないが、粘り強いから気をつけた方がいいという感じの事を言った事があります(本人達は覚えているかわかりませんが)。私の心配はみごとに的中してしまい、2人共負けてしまったわけですが、今回もそういった選手が潜んでいる可能性は充分にあります。日本選手は油断のないように闘ってほしいです。7/17に、西田師範、田中くん達より2時間ほど早くハンガリーを発ち、今度はスイスへ向かいました。自分はスイスへ行くのは初めてでしたので、楽しみ半分、不安半分でした。空港まで、女子部のカリン二段に迎えにきてもらって合宿所まで行きました。彼女とは面識はお互いあるのですが、話をした事がないので、なぜか緊張してしまいました。一時間もかからず合宿所に到着。ピーター・フォン・ロッツ師範と挨拶し、その日の夕方からスイス合宿がスタートしました。このスイス合宿には昨年も招待されていたのですが、ハンガリー合宿と多少重なっていたため、お断りさせて頂いたのです。しかしルーマニアでのヨーロッパ選手権で、フォン・ロッツ師範と会ったとき『来年は是非来て欲しい』という事でしたので『押忍!』と返事をし、今回の参加になったわけです。スイス合宿の参加人数は約120名(そのうち30名は少年部)でした。稽古は早朝、午前、午後の3回ですが、稽古が始まると、稽古内容、稽古時間は担当者が決めるというもので、かなり自由な空気の中で、稽古が進みました。私は主に黒帯、茶帯を担当。早朝のみ、全員まとめて稽古しました。技術的にはハンガリーに一歩およばないものの、稽古に対する意欲はかなりのものでした。ひとつ気になったのが、基本蹴りの内廻し、外廻しを正確にできない事でした。正面に足で円を描くように蹴るものを、半円を描くと中央で真下に下ろし、かかと落としのようにしてしまうのです。何回やっても必ず円ではなく、半円になってしまいます。何度説明しても、ほとんどの人がなおりませんでした。スイス出身のアンディ・フグの影響が強すぎるのでしょうか?
この合宿にはイタリアから約10名程参加者がありました。陽気で明るい彼らとも気があい、楽しい時間を過ごす事ができました。合宿中には、滞在期間が短いという事で、毎晩フォン・ロッツ師範に色々なところへ連れていって頂きました。師範の道場、事務所はもちろん、レストラン、アイスクリームのおいしいお店、湖で、師範のモーターボートを運転させて頂いたりで、いい思い出になりました。まだまだ師範としては私を連れて行きたいところが沢山あったらしく、『何でもっとゆっくり滞在してゆかないんだ』と注意を受けてしまいました。何から何まで、大変気を使って頂いて、本当に申し訳ないくらいでした。合宿が始まって、2日位過ぎる頃には、スイスのみんなともかなり打ち解ける事ができて、きついながらも楽しい合宿にする事ができました。
スイスの世界大会選手枠は3名。ここにも強い選手がいます。レイズ・ハリスです。まだ茶帯ですが、ヨーロッパ選手権では昨年2位、今年3位、身長183cm、体重100kg、骨太という感じで、ガッチリしています。『身体のつくりが、スイス人と違うなあ』と思っていたら、彼と話をしてみると、ボスニア人だという事でした。それを聞いて納得。無愛想にみえるけどけっこういい奴でした。合宿終了後も『師範、良い稽古をありがとう。世界大会のときに日本で会えるのを楽しみにしています』と笑顔を絶やしませんでした。彼の組手は、うまいというものではありませんが(ヘタというわけでもない)、パワーを全面的に活かした力強いものです。難があるとすれば、スタミナかもしれませんが、ハリスをぶちのめすのは、けっこう大変だと思います。スイスには他にも中量級クラスで、スピードのある選手が、何名かいました。世界大会でも活躍するかもしれません。
一週間の合宿が終了し、師範に見送って頂いて、チューリッヒから再びハンガリー、ブダペストへ戻りました。今度はルーマニアの合宿が待っています。空港には、ルーマニア支部長、キリラ先生の娘達、アンカとビビアナの2人が出迎えにきてくれていました(アンカは以前、極真魂でも紹介しましたが、ヨーロッパ選手権では昨年、組手の部、準優勝、今年、型の部、準優勝し、組手、型の部、両方で上位に入れる唯一の女空手家です)。合宿までには2日間あるので、その間、分支部長のペトルトさんが、彼の街へ招待してくれるという事で、バヤ・マーレに向かう事になりました。ブダペストからバヤ・マーレまで早く500km、車で約7時間のところにあります。ルーマニアの道はあまりよくないので、できるだけハンガリーの道を通って、バヤ・マーレに近付き、国境を越える計画でした。『7時間かあ、ゆっくり寝ながら行けるなあ』と思っていると、アンカが英語で『これからバヤ・マーレまでの道を見つけなくてはならない』と言ってくるので、『えーっ?!』と思ったが、冗談だと思っていたので笑っていたところ、車が走り出して、アンカが本当に道を知らないと分かってビックリ。最初アンカは、妹のビビアナに地図を渡していたが、ハンガリー語がわからず、地図で道選びをすることが不安な彼女が嫌がったため、運転するアンカが地図を見ながらというわけにも行かず、結局、私が地図を見て道案内をする事になりました。私とアンカ達の珍道中の始まりです。交差点、分かれ道などにくると、『シハン、シハン、ネクスト、ミギ?ヒダリ?』と聞いてくるアンカに『ミギ!ミギ!』と私。こんなやりとりをしながら、途中経過する街の看板も、必死になって読み取り、地図を確認して、『オーケイ、ディスウェイ!』と正面を指で示したり、こんな調子でした。『ゆっくり寝れると思ったのに、何で、カーナビのかわりをしなくてはならないんだ。迎えに来てくれるなら、道の下調べをしておいて欲しいよな」と思ったが、女の子に文句を言うわけにもいかず、ニコニコされると全てを許してしまう、女性にはとても優しい私なのでした。500kmの道のりで間違えたのは2回だけ、しかも、すぐに気付いたので、遭難?する事はありませんでした。国境を越え、バヤ・マーレに到着(国境ではアンカがルーマニアへ空手の合宿に招待した日本人であると書いた書類をみせたところ、無料でビザをくれました。これにはアンカも驚いていました。空手の知名度がアップしてきたからなのでしょう)。翌日は、有名な教会、墓地、遺跡の見学、そして塩分の非常に多い温泉へ行ってゆっくりしました(塩分が強いので、体が浮いて気持ちよかったです)。合宿当日の朝、バヤ・マーレを発ち、合宿地フェリックスへ向かいました。ここは温泉がとても有名で、温泉施設・ホテルがかなりあります。合宿中は参加者全員、ホテルに寝泊りして、付近の広い屋外で稽古をしました。ハンガリーで別れたカルマン師範とも合流し(師範は毎年ルーマニア合宿で指導しています)、稽古の打ち合わせをしました。といっても基本的にハンガリー合宿とスケジュールは同じです。気のせいなのか、ハンガリーより暑く感じる太陽の下で、ひたすら汗を流しました。参加人数は約150名。私が合宿参加は初めて(いつもはセミナー形式の稽古)という事で、上級者のみを担当、初級者はカルマン師範が担当しました。早朝は脚腰が立たなくなるくらいジャンプ運動のくり返し、そのためロボットのように歩いている道場生が目立ちました。基本や型では、古いヨーロッパスタイルでやっている人が意外と多く、情報が届いていない田舎の道場が、かなりある事がわかりました。組手稽古では、裕福な国ではないため、キックミットを持っている道場が少なく、色々と考えた稽古で、集中して稽古を行うようにしました。合宿最終日の審査会は炎天下の中、一日かけて行われました。これは体に良くないと思いながらも、心の中でみんなの応援をしていました。三段の審査にはポップさん(47歳の壮年部)、二段の審査は2名が合格し、ルーマニアで初めての三段が誕生しました。彼はルーマニア極真ができる以前から、大山総裁に手紙を出し、総裁から道着をプレゼントされ、ルーマニアで極真を始めた最初の方です。空手はそんなにうまくないですけど、人望があって、みんなの祝福をうけていました。
ルーマニアの合宿が終了し、ハンガリー、スイス、ルーマニアと全ての任務を終えて、本当にほっとしました。しばらく、ボーっとしていると、アンカが、『シハン、ホームシック?』と聞いてくるぐらいでした。いつもは、稽古が終わるとすぐ出発するのですが、今回は事前に、キリラ先生が、ルーマニア国内旅行に連れて行って下さるという連絡を聞いていたので、長めにルーマニアに滞在しました。キリラ先生の運転で、アンカと私の3人で、ルーマニアの上半分をまわり、次回は下半分という事でした。3日間、景色のきれいなところ、有名な教会、城跡(有名なドラキュラ伯爵の所も行きました)、温泉など、ペンションをその場所で見つけて寝泊りしながら周りました。とても楽しい旅行でした。1200kmの車の旅は、ルーマニアの街に住む人、村に住む人の生活をみる事もできて、とても勉強になりました。村人は、本当にのんびりしていて電気も水道も無いところで、農業をやっているのですが、水は井戸、川の水を使っているのでしょう。こんなところで、子供達は学校に行っているんだろうかと心配になってしまいました。道では、車と馬車が半々なので、どこの道でも、馬や牛の糞がいっぱい。最初は気になりましたが、そのうち慣れて、となりに糞があっても平気でした。キリラ先生によると、ルーマニア人は向上心や、頑張ろうとかいう気持ちが余り無いと言っていました。貧しい生活をしていても、いい生活をしたいから努力しようと思わず、『別に今の生活でいいよ』というような感じだという事でした。旧ソビエトの共産主義、チャウシェスクのような独裁者に支配され、個人の物は没収、すべてみんなのもので、レベルアップを望めなかった、かつての生活の心の傷跡なのかもしれません。稽古のときも、気の抜けた人が、結構目立つのは、こういった原因があるのでしょう。この心の部分に、極真は貢献できないものでしょうか、ルーマニア極真のこれからの頑張りに期待したいと思います。旅の途中、キリラ先生の弟子のひとりが空手を教えている警察学校の責任者から強い依頼で、警官の卵達の稽古の成果を見てほしいという事で、立ち寄ったのですが、3ヶ月しかやっていないとは思えないほど、うまく(とくに気迫がすごい)、良かったです。まだ本格的に極真が警察の中に入り込んでいるわけではありませんが(10年前までは、空手どころか、私の様な外国人でさえ、一歩も入れない状態だったようです)、キリラ先生は熱心に極真のよさを説明していました。ハンガリーのように、軍隊、警察に全面的に協力できる日も近いかもしれません。もうひとつ、変わったものを見ました。旅の途中、いくつもの街を通過して行ったのですが、どの街でも、メイン道路沿いに、小さな宮殿や、教会の様な目立つ建物があったのですが、住宅なのか、特別な建物なのか不思議に思っていると、キリラ先生が私の様子に気が付いて『師範、あれはジプシーの家です』と説明し始めました。彼ら金持ちのジプシーは自分の力を誇示するため、目立つ家を建てるという事です。そして、豪華な家の中にある10〜20の部屋のうち、ひとつのみに家族全員が入り込み(あるいは、家には住まず、裏に小屋を建てて、そこに住む人もいる)、他の部屋は使わないという変わった生活をしているという事です。まさに自分のパワーをアピールするためだけに家を建てているのです。彼らにとって自分達の国があるわけではないし、文字も読めないので学問もない、お金だけが全ての支えなのでしょう。(もちろん、山や野原で、馬車に住み込んでいる普通のジプシー達も沢山います。)税金も払わないので、働いたら働いた分は貯金できるから、そういった事も実現可能という事です。旅の後は、数日、キリラ先生の別荘で過ごし、山と湖のある田舎で、英気を養いました。
ルーマニアの世界大会出場選手枠は3名、強い選手は、今年のヨーロッパ選手権でベスト8に入った、フローリン・ゴロペンツァ(今回の審査で初段になりました)です。彼が結構強いのは2年前から一緒に稽古をして、わかっていましたが、今年のヨーロッパ選手権で、元無差別ヨーロッパチャンピオンを初戦で破り、ここで、手を骨折したにもかかわらず、次のワールドカップ中量級準優勝のバカックを再延長で振り切り、骨折の影響で、次の試合で負けはしたものの、花開いてきた感じです。彼も粘り強いタイプです。
現在、ヨーロッパには、日本選手が震えあがるような選手、組手がとてもうまい選手は、あまりいません。しかし、粘り強く、打ち負かすのは、とても大変な選手は多いです。日本選手はうまいので、負ける事は無いかもしれませんが、油断しているとあぶないです。100kg前後の日本選手は、リトアニアのクラパトゥスカス(昨年ヨーロッパ選手権無差別優勝、今年、中量級優勝)、ルーマニアのフローリン、スペインやハンガリーの軽量級、中量級の選手に、体重判定でもっていかれる恐れもあります。今回のレポートで名をあげた選手の他に今年のヨーロッパ選手権重量級優勝のラスタモフ(アゼルバイジャン)など、全員がタフな選手です。技量では、日本人が上をいっていますが、気を緩めることはできません。必要以上に気にする事は無いかもしれませんが、油断は禁物です。特にクラパトゥスカスは要注意です。さて、ルーマニア滞在を終え、帰りにカルマン師範のところで2〜3日ゆっくりしてから、(もちろん、道場の稽古には参加しました)、ハンガリーを後にして、日本へ帰国しました。行きも帰りも飛行機の私の隣の席は空席でしたので、のんびり機内で過ごせました。各支部から『是非来年も来て欲しい』という依頼がありましたが、来年のことよりも、今、無事、任務を終了した事で頭が一杯でした。今年も、現地でお世話になりました皆様本当にありがとうございました。そして、こういった色々な勉強をさせて頂けるのも、大山総裁のおかげですので、心から感謝しています(雑誌やテレビの取材で、バッチリ極真をアピールしてきましたので、総裁も喜んでくださっていると思います)。本当にありがとうございました。
押忍
右がキリラ先生、中央がアンカと私 (ルーマニア) 左がカルマン師範、右が私 (ルーマニア)