聖なる大地「インド」への旅
(1998年3月)  

                        基本稽古                                シバジ師範と私

 3月1日(日)〜10日(火)に極真インド支部主催の、極真空手アジア地区国際セミナーに招待され、単身、インドのカルカッタへ行ってきました。
 事前の情報では、ネパール、パキスタン、バングラディッシュ、スリランカ、インドの各国支部長、指導員などの幹部クラスのみの参加で、基本・型の統一が主な目的という事でありました。昨年のワールドカップ終了後に行われた、国際合宿の際にインドの シバジ・ガングリー支部長から「柚井先輩、先輩を今度、インドで行うセミナーに招待したいけど、来てくれますか?」と言われてはいたのですが、今年になって三瓶師範に「インドから、指名で、合宿に来て欲しいというリクエストが来ている」と言われて、「押忍!わかりました」と即答しました。基本的に自分が、海外の支部に招待されて行くときは、その支部から、指名を受けて行くのがほとんどなので、そのような話がきた時は「大山総裁の命令である」というつもりで、「押忍!」と全てに優先してきました。といいますのも、総裁存命中には、何かと理由をつけて、何回かの海外行きを断っていた事があり、総裁が亡くなった後になって、申し訳ない事をしてしまったという反省の意味もあって極力、断らないようにしているわけです。でも、今回のインドは、生活環境が厳しいというのを聞いていましたので、ちょっと大変かもしれないと、一瞬思いがよぎりました。インドは過去に行ったことが無く、総裁が生きていらっしゃった頃に2回程、チャンスがあったのですが、2回共、行く事無く終わっていました。ただ、16年前に、総裁のお供で、初めて出かけた海外が、スリランカ、マレーシア、シンガポール、インドネシアで、インドの隣のスリランカに、一週間ほど滞在してましたので、インド方面へ行くのは、2度目でした。一応、ガイドブックを買って、目的地のインド・カルカッタの情報を集めました。カルカッタは人口1200万人程度で、インドの大都市の中でも一番生活臭いところで、「カルカッタに慣れてしまえば、世界中どこへ行っても、平気でいられるだろう」などと、行く手を不安で、遮るような事が書いてあるし、インド旅行に行った事がある人などは、同情するように「気をつけてね」と言う始末で、覚悟を決めざるを得ませんでした。

                シバジ師範と私

 インド支部長をしているシバジ・ガングリー師範は、日本で3度の修行経験を持ち、自分が内弟子の頃に、長期間若獅子寮で寝食を共にしながら稽古をした仲で、人柄も良く、沢山の思い出があります。現在インド支部長であり、アジア地区委員長で五段の師範ですが、なんでもない、ただの黒帯に過ぎない自分なんかよりよっぽど格上である今でも、国際行事(世界大会)で再開するたびに、「柚井先輩、元気ですか?先輩に、若獅子寮にいたときに大変親切にして頂いた事、忘れていません」とそんな話をする、とても義理堅い方です。今回会ってみても、やはり昔のままの「シバジさん」でした。
 3月1日(日)にタイ航空で夜日本を出発、7時間後の3月2日(月)の深夜、タイ(バンコク)に着き、ホテルで休んでから、10時間後、バンコクからカルカッタに向けて出発し、3時間後、現地の昼にカルカッタに到着しました。ひとり旅という事で、それなりにのんびりと旅をしました。
 空港には、シバジ支部長、通訳のサルカルさん、道場生2名が迎えに来て下さっていました。空港から車でホテルへ向かいましたが、40分程走って目に映った景色は、かつて行った事のあるスリランカととても似ていました。ホテルに近付くにつれて、人も車も多くなり、ゴミゴミとしてきて、まさにインドという感じになってきました。ただ、行く前に思っていたほど、ひどいとは思いませんでした。過去に行った事のある、共産圏だった国々にも、このくらいの環境のところは、沢山あったからであると思います。
 カルカッタの人々は、本当に様々で、清潔な身形をしている人や、道でゴロゴロ寝たりしているひどい身形をしているん人が同じ道を歩いて、その差に驚きました。インドの道は混沌としていて、牛、犬、カラス、人間、自転車、自動車がミックス状態で存在しています。インドでは、牛を大切にするので、牛は道の真ん中で動こうとしません。動きたい時に動くという感じで車が牛をよけて通ります。牛は「お母さん」なので、本当に大切にするという事でした。インドでは、車で牛を轢くのと人間を轢くのとでは、牛を轢いた方が罪が重いという事でした。それから牛を轢いた場合、轢き逃げをする事はないそうで、必ず自首するそうです。宗教の教えが生きているのでしょう。カルカッタの町の空気は、車の排気ガス、埃などで、とても汚れています。顔はすぐに黒くなるし、マスクなども一日で黒くなります。車は、クラクション鳴らし放しで、交通ルールはあるのかないのかわからない状態で、ぶつかりそうでぶつからないテクニックで、みんな車を走らせていました。またその激しい車の流れを縫うように、自転車、人力車、歩行者が横断して行くのです。カルカッタでは、外へ出たら命懸けといった感じでした。ただ、長い信号待ちの時は、エンジンを止めて排気ガスが出ないようにしていますし、路上駐車に関しては、道路の両サイドに、二重三重の縦列駐車を平気でして、車が通れなくなってしまうイタリアよりは、まだ常識ではありました。
 ホテルに着いてからは、夜、スポーツ関係の記者クラブへ行って今回の国際セミナーについてのインタビューにシバジ支部長と自分が答えました。アジア地区では、キチンとした形で、日本人を招待してセミナーを開くのは今回が初めてという事で、マスコミも注目しているようでした。
 セミナーの期間は3月3日(火)〜3月8日(日)でした。インドの日中はとても暑いので、午前の稽古は7時半〜9時半(時々10時)と朝行われ、午後は4時〜6時(時々6時半)と夕方、行われました。一日4〜5時間という感じです。一応、自分がチーフインストラクターという事になっていましたので、全ての稽古は、自分が号令をかけ、稽古しました。稽古内容は、シバジ支部長のリクエスト通りに行いました。初日はまず、基本、移動基本が中心で、型は太極をお願いしますという事でしたので、基本的な稽古で汗を流しました。セミナーを行ったところは、陸上競技やサッカーの試合を行うような大きなグランドでした。
 2日目、3日目と日が過ぎてゆくうちに、何回も何回も練習しなくては、うまくも強くもならないという事を身体で理解しはじめたらしく、稽古時間帯以外でも、頑張って自主稽古に励んでいたようです。シバジ支部長は日本での修行経験があるので、みんなに「日本では、このような稽古を一生懸命になってやっているんだ、たくさん稽古をしなくてはいけない」と道場生に活を入れても、「えーっ?うちの先生何言ってんだよ。」みたいな感じで、右から左へ筒抜け状態だったようですが、日本人がインドに来て、うちの先生と同じことを言っている、やっているとわかったようで、意識的な革命が起きていたようです。
 今回のセミナーには、インドとスリランカのみの参加となってしまったので、参加者は約50名といった状態でした。といいますのも、自分がカルカッタに着いた前日まで、選挙がありまして、インドで選挙のときは、暴動がおきますし、お店なども閉めて、仕事も休み、地下鉄は止まり、出歩く人もいなくなり、観光客もホテルでじっとしているのがベストという事になるため、街が休止状態なのです。そのため、この選挙の影響で、ビザ、飛行機のチケットなどが思うようにならず、参加予定だった、パキスタン、バングラディッシュ、ネパールの国々の極真カラテマンは、参加できずとても残念でした。
 みんな、毎日の型の繰り返しの稽古で、頭がパニック状態であったため、合間に、組手技術や護身術の稽古をして、楽しく、生き生きと稽古を続ける事ができました。一日一日が過ぎてゆき、参加者の稽古生とも仲良くなり、色々と話をする事ができました。ちなみに、カルカッタは、基本的にはベンガリー語ですが、英語もほとんどの人がしゃべれます。
 学校が休みだった日には、一回、少年部の稽古も担当しました。そのときは、150名程になり、みんな頑張って稽古していました。少年部のお母さん達は、とても色鮮やかで綺麗なサリー(インドの女性の民族衣装)を身につけ、稽古をしているグランドのスタンド席に大集合!日本でもそうですが、どこの国のお母さん達も同じだなあと思いました。
 セミナー最終日の午後は、昇段審査でした。暗くなっても投光器をつけて、みんな頑張りました。とくに、拳立て伏せ100回、跳び屈伸100回の体力審査と、20人組手、10人組手のときは、大変盛り上がり、見学者も一体となって応援していました。審査終了後は、今回のセミナー参加者全員に、参加証書と記念Tシャツ、記念バッチが贈呈されました。初めての日本人を招いての国際セミナーという事で、良い思い出になった事でしょう。セミナーの途中、衛星放送のスターTVが取材にきて、稽古の様子や、インタビュー、道場生による試し割りの演武を撮影していました。セミナー参加者は、テレビに出れるという事で、ものすごく張りきっていました。この衛星放送は、全世界に流れたらしいので(というのも、自分は早寝早起きをしていたため、夜のニュースで3分間放送されたのですが観ていませんでした)、インドにおいては、大山派、松井派、手塚派と三派が存在するため、大山派のシバジ支部長にとっては、とてもいい宣伝になったようです。日本に自分が帰るとき、カルカッタの空港でも、沢山の税関職員から、自分の顔をみただけで、「カラテの先生だね、スターTVで観たよ」「カラテ・マスターだね」「オーッ、カラテ!」などと声をかけられました。少しでも、インド極真のシバジ支部長に協力できたかと思うとうれしかったです。
 シバジ支部長からは、大変気をつかって頂いて、とても良い待遇の毎日で、本当に気が引けてしまいました。きれいなホテルで、食事も、毎日おなか一杯食べさせて頂いたし、午前・午後の稽古以外でも、ホテルの部屋で体力づくりもバッチリやって、体も休める事ができましたので、日本での肉体労働による仕事疲れもだいぶとれて、体調はとても良かったです。インドへ来て元気になってしまいました。シバジ支部長には、本当に感謝しています。

                   少年部の稽古                          今回の国際セミナーの横幕

 今回のインドの旅では、空手の事もそうですが、厳しい生活環境の中で頑張って生きている人々に本当に胸を打たれました。インド極真のみんなには、道場がありません。正確に言うと道場はあるのですが、それはグランドであり公園であるわけで、床が無く、屋根が無く、土や草の上で稽古しています。サンドバック、キックミットはもちろん、グローブ、サポーターも当然ありません。シバジ支部長の弟子の中には、貧しく毎月の会費も収める事ができない人が100人以上もいて、その人達からはお金をとらず、道着も無料プレゼントしてあげて、稽古しているようです。そういった貧しい環境の中でも、日本人に来てもらって稽古をしたいという事で、お金を集めてセミナーを開くわけです(飛行機のチケット、滞在費など現地の人にとってはとんでもない金額なのです)。シバジ支部長からは「柚井先輩、インドにいる間、仕事はどうなっているのですか?」の質問に「仕事は休んでます」と答えると、「先輩、申し訳ありません、私達のために本当にありがとう」という事を言われました。空手ために頑張っているみんなの苦労に比べたら、10日間仕事を休んで収入が無くなったってどうという事はありません。すぐに「いいえ、シバジさん、そんな事は気にしなくていいから、極真のために頑張ってください」と本当に恐縮して答えました。
 日本では、床がある、屋根もある、サンドバックも、キックミットだってある。更に何よりも、日本全国どこの道場へ行っても、必ず、日本人が空手を教えてくれるわけです。大金を使って日本人を招待する必要が、ないわけです。こんなに恵まれているにもかかわらず、暑いから、寒いから、雨が降っているから、仕事が遅くなったから、疲れているからと言って稽古に来ない人が多いです。インドをはじめとして世界には厳しい環境で空手をやっている人が沢山いるわけです。嫌いな事なら、サボっても仕方ないかもしれません。でも好きで始めた空手なら、好きな事ぐらいは、少しぐらいの壁があっても乗り越えて頑張ってほしいと思います。好きな事には、正直に、誤魔化したりせずに、真っ直ぐに立ち向かってほしいと思います。
 自分も余り偉そうな事は言えませんが、インドだけでなく、海外の支部に招待され帰って来るといつも、そう思います。好きな事も一生懸命やれないのなら、厳しい人生の中で何を一生懸命やれるのでしょうか?日本の極真の皆さんも、是非、稽古に励んで頑張って頂きたいと思います。(自分なんかがこんな事を言って、本当に申し訳ありません)
 それからインドの人は、命をとても大切にします。確かに人の物を盗ったり、だましたりする人が多いのも事実です。でも、貧しく道端で寝ているような人でも、子供はしっかり抱いたり、寝かしつけたり、肌身離さずといった感じです。日本のようにパチンコに夢中になって車の中に子供を放っておいて殺してしまうなんて考えられない事です。最近の、気に入られなければすぐナイフで人を刺して殺してしまう事件など、とんでもない事でしょう。貧しいくらしをしている人々も命を大切に生きているのです。今回のこのレポートには、街のゴミゴミした様子の写真はありません。自分には、写真は撮れませんでした。汚れていて、汚い道で、寝起きをしたり生活している人々にカメラを向けるのは、一生懸命生きている人に対してとて失礼な気がして、できませんでした。ちょっと考え過ぎかもしれませんが、できませんでした。

        インド極真会の(大物スポンサー)会長さんです                       少年部の稽古

 今回3月ということで、卒業旅行が多かったのか、途中寄ったバンコクでもカルカッタでも、日本人の学生風の若者が男女共多かったです。ホテルのレストランで、男2人組の旅行者に話しかけてみたのですが、今回、2回目のインド旅行というこ事でした。前回は、途中でパスポートを盗まれたといっていました。そういう事があっても、また2回目に旅に来るわけです。空気は排気ガス、埃で汚れていて、人や車で混沌としていて、道は汚れて衛生的ではなく、もう二度と来たくないと思う人がほとんどかもしれません。でも、日本に戻ったら、また行きたくなるような、とても気になる不思議な国がインドでした。インドに何回も行きたくなるという人たちの気持ちが、わかるような気がしました。理屈ではなく、聖なる大地、母なる大地が魂を呼んでいるのかもしれません。
 空手の関係で訪れた、インドへの旅でしたが、胸打たれ心動かされる事の多かった、有意義で勉強になった旅となりました。世界に極真を創造された大山総裁、現地で大変お世話になりましたシバジ支部長、皆さん本当にありがとうございました。
押忍

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