作文集、敢闘賞・特別賞
松家みどり

押忍 このたびは型の試合で特別賞をいただき、ありがとうございました。

家に帰って賞の盾を子どもに見せると、興味津々で触っていました。そういえば
我が家にはトロフィーとか賞状とか一切無かったのでした。

 一年前に稽古の場を訪ねたのは、ひとえに子どものためでした。保育園で年中
組になると男の子同士でちょっとした間にパンチ、キック。おなかをやられて目
に涙をいっぱいためる息子を見て、何か武道でもさせた方がいいと思ってイン
ターネットで空手と検索したのが最初でした。日野市の東部会館が保育園に近
かったので、稽古に行ってみると、道場に出てこられたのは、笑顔の愛くるしい
ウルリカ先生。同じく愛礼ちゃん礼愛ちゃんも一緒で、国際色豊かで開放的な雰
囲気に、当時四歳の息子も緊張を解いたようでした。しかし清水先輩はじめ男の
先輩方の掛け声と気合のすさまじさに、度肝を抜かれ、あまりの別世界に、母子
ともふらふらになって帰宅しました。

 日ごろは運動に縁が無い私ですが、出産前は、七年ほど太極拳の教室に通って
おりました。まだ自分が学生の頃に実家の父親が心臓病の回復のために太極拳を
始めたのに付いていったのが最初でした。もともと家族の誰かと一緒に体を動か
しに出かけるのが好きなのだと思います。今は息子と一緒ですが、稽古での出来
事を行き帰りの車のなかで話すのが楽しみの一つです。太極拳をやっていた頃
は、中高齢の参加者ばかりの教室で、若いねえ、すぐに型が覚えられて良いね
え、と言われたものでした。今は、若い方ばかりの稽古場で、ここはどこ私は
誰、と思うこともしばしばあります。もう今年で四十歳ですし、何も強くなろう
と思って入ったのではなく、子どもの稽古を間近で見られるし、自分の健康にも
良いかもなんて考えて始めただけだったのですから。

型の試合の一週間前には、昇級審査会が立川本部でありました。先輩方に聞いて
おりましたが、補強運動と称されるジャンピングの課題には完全に参ってしまい
(師範に甘くしてもらったにもかかわらず)、一週間、筋肉痛で階段を降りる際
に難儀しました。腰痛と肩こりで前から鍼灸にも通っていますが、「どうしまし
た」と聞かれて、「空手を始めて」と言うと、針を打つ手が「え!」と止まって
しまう程、驚かれました。それくらい私と空手とは結びつかないと思われるよう
です。職場でも、同じ世代の同僚の人達と一緒に飲み食いするとき、空手の話は
大変にネタになっております。

 始めてみると、太極拳と空手とでは筋肉の使い方が違っていて、太極拳では
「気」を体内に満たしてできるだけ自然体で動きを行うのですが、空手では相手
を倒すことに本分があって常に攻撃態勢のようです。引き手など、体に染み付い
てしまったクセがとれずに苦労しておりますが、反面、前屈立ち後屈立ち、蹴り
の動作は太極拳と似ているので、あまり抵抗感を感じません。そういう違いを面
白く感じています。空手では、型の試合を今回初めて見て思ったのですが、非常
にきれいに型の動作をしていても、意識が自己の内面に終始していては審判の方
からはあまり評価されず、外に発する攻撃の気構えがあってこそ高い評価がされ
ているように感じました。

 稽古で初めて組手をしたときの印象も、忘れられません。他のひとと拳や脚を
打ち付けて殴る蹴るなんて、日常生活では考えられないですし、大人になってか
らはやったことがない(幸い私の旦那さんとは口喧嘩ばかりです)。非常におそ
ろしかったのですが、叩かれる感触、叩く感触に、怖いというよりも新鮮さを感
じました。ある日曜日にあった稽古の後に、お風呂場で見たら、腕が青あざだら
けになっていて、驚きました。一緒にお風呂に入っていた子どもが、笑い転げて
いました。

 子どもへの接し方も変わりました。子どもはスキンシップが好きで遊ぼうと
思って手を出してきます。あまりひどいときは今でも「やめなさい!」と言いま
すが、どちらかというと「お、やるか。かかってきなさい。」ということの方が
増えました。保育園でも他の男の子たちが知らず知らずに寄ってきて、先生が見
ていないすきに、私の脚を蹴ろうとする。で、蹴り止める、すると、子どもはも
う大喜びで、さらに遊ぼうとする、他の子も寄ってきて囲まれる。そのなかにウ
チの子も入ってます。お母さんを囲んでどうする、お前は母親を守らんかいと思
いますが、そもそもあなた達には蹴りたい衝動があるのねと広い心で見ることが
できるようになりました。

師範はじめ、ウルリカ先生、宮城先輩、馬場先輩には、道場生のひとりひとりの
名前や練習状況を把握された上で、厳しさとともに愛情の感じられる道場の運営
をされていること、日頃より脱帽しております。今後ともどうかよろしくお願い
致します。押忍。

 




百合園 慧太

交流試合(型の部)に参加して

3月9日 日曜日 型の試合がありました。
僕は前日からすごく緊張していました。
だけど朝起きたらなぜか緊張がほぐれていましたが、試合会場が近づくにつれて、
また緊張が高まってきました。
第一試合が始まったときは、もっと緊張も高まっていて、いざ自分の番が来たとき
には体がガチガチでした。第一試合は平安その二でした。
いつもの稽古では出来ていて、何回も何回もやってきた型なのに緊張のせいで頭が
混乱してしまい二挙動目の鉄槌打ちを忘れてしまいました。
結果は3対0で僕が負けてしまいました。
第一試合が終わって、負けた人が座っている列に行って他の人の試合を見ているときも
「自分がなぜ負けてしまったのか」を考えていました。
「自分が負けた原因は緊張したせいだ。なんで緊張したかというと、自分の型に自信が
もてなかったからだ。」と思いました。
そして「練習が足りなかったから自信がもてなかったんだ。」と思いました。
僕は「敗者復活戦では勝てるように、一生懸命頑張ろう。」と思いました。
敗者復活戦になりました。敗者復活戦では平安その三をやりました。
平安その三は、前日の稽古のときにウルリカ先生から言われた言葉を思い出して、堂々
とやることが出来ました。けれどこの試合も負けてしまいました。
この試合は一回戦のときよりも、きちんと自信を持ってやれたと思っていたのですごく
悔しかったです。その後はお昼をはさんで決勝戦などがありました。
 すべての試合が終わって表彰式が始まりました。次々に優勝・準優勝の人たちが
呼ばれていきました。
僕はそれを「すごいなぁ〜。」と思って見ていました。
そして「特別賞・敢闘賞を発表します。」というアナウンスが流れて、次々に選ばれた
人たちが呼ばれていきました。
そして最後のほうで「百合園 慧太」と呼ばれたときには本当にびっくりしました。
審判の方から楯を渡されたときは本当に嬉しかったです。
そして、帰るときに師範に挨拶に行ったときに師範から「あの試合は良かったぞ。」
と言われて本当に本当に嬉しかったです。
 今回の試合では一勝も出来なかったけど、この次の試合の時にはもっと自信を持って
堂々と出来るように練習を頑張ります。
 最後に、毎週の稽古を見てくださっている師範・ウルリカ先生・宮城先輩、今回の
試合で審判をしてくれた方々、試合の準備をしてくれた先輩方に感謝しています。
ありがとうございました。
そして、いつもの稽古や試合に出させてくれるお父さん・お母さんに感謝しています。
ありがとうございました。押忍
平成20年3月14日 百合園 慧太  
敢闘賞

紀井ちひろ



型の試合をふり返って



私は空手をはじめて9ヶ月たちます。そしてこの型のしあいが初めてのしあいでした。初めてのしあいなのですごくドキドキしました。

 第一しあいは油川選手とやりました。太極その一でした。一しあい目なので、すごくドキドキしていました。太極その一はげだんばらいと中だんづきだけなので、よく覚えていました。そして私はよく声が小さいとおこられるので、ちゃんと大きな声できあいをいれてがんばろうと思いました。

 第二しあいは依田知龍選手とやりました。第一しあいで勝つことができたので、自信をもってやろうと思いました。今回も太極その一でした。きあいが小さかったり、ちょっとまちがえたりすると負けてしまうので、それを気をつけてやりました。でもいきおいがあまって足より先に手が出てしまいました。最後までがんばりましたが、依田選手に負けてしまいました。

 敗者復活戦では一しあい目も二しあい目もすごくドキドキしていたので、もっとおちついてやろうと思いました。今度は依田龍人選手とやりました。今回も太極その一でした。私は敗者復活戦の一試合目でも負けてしまいました。

 二しあい目と敗者復活戦では負けてしまったので、それはくやしかったけど、一しあい目で勝ててよかったな、としあいが終わって思いました。

 ひょうしょう式の時間、敢闘賞をよぶ時「紀井ちひろ」と名前がよばれたので、うれしくなりました。そして、たてをもらった時、しんぱんの方が、

「がんばったね」

といってあたまをなでてくれたので、とてもうれしい気もちになりました。

 さいごにしはんが「みんなちょっとの差」と言ったので、今度型のしあいをするときは

もっと上手になって優勝をめざしたいなと思いました。

2008年3月 型交流試合 敢闘賞 感想文  水原晃

 

2008年3月 新極真会東京西支部 型交流試合 敢闘賞を頂いて  水原晃

 

押忍。型の試合について考えたこと、および現在の心境を書きます。

 

型について>

 極真空手を始めて間もない頃に毎週通っていた道場では、5級の先輩が最上級だった。その人の型(今思えば平安V)は始めから終わりまでの動作が連続して流れるようであり、「あのように格好良く動けるようになりたい」と憧れたものだった。当時の先輩と同じ級になった現在であるが、脳裏に刻まれた先輩の動きの領域に到達しているとは思っていない。5級の型である平安Vは空手の技術差が出る型だと思う。上下左右の動きやジャンプが組み合わさり、身体の軸がぶれやすいためだ。合宿では柚井師範のセミナーで型の分解を教わってきた。これによって、型とは実戦の動きが隠されたエッセンスなのだということ、型における色々な動きの意味、隠された動作や意味等について教わり、新鮮な驚きとともに理解した。自分はまず頭で理解・納得してから身体動作に落とし込むとやり易いタイプなので、教わった直後に自分でもハッキリ判るほど型が上達し、再度驚いたことを覚えている。また極真空手では、型はあくまでも組み手のためにあるという事を忘れないようにしている。最近、型の動きの中に実際の組み手に使える動作はないかと考える事がある。

 

試合について>

 試合では相手に勝つことが目的である。以前はこのように考えていた。このため、実力不足、強過ぎる相手、体調不良、怪我等を言い訳として、試合への参加から逃げてしまっていたこともったと思う。最近は次のように考えるようになった。自分の周囲環境や状況は常に変化している。従って試合の勝負はやってみないとわからない。また試合後に気づいた事であるが、勝った試合より負けた試合の方が明確な反省点が出て来るので、従来のやり方を謙虚に見直すきっかけになる。従って、体調不良でも怪我をしていても相手が強くても試合をする事は自己を磨く良いきっかけとなる。試合で勝っても負けても、日常生活で得がたい何かを学ぶことができる。どんな試合でもそうであるが、僅か数分間の試合を通じて相手の人を理解し親しい関係になることができる。試合とは自己を客観的に見つめる機会であり、自己表現の場であり、他者との関係を学ぶ場である。このように考えると自然に、この環境を支えて頂いているのは、日常生活で接する周囲の人々であることに気づき、感謝し、皆を愛するようになる。このように考える人は自然と挨拶や感謝、仲間への応援等の行動として現れてくると思う

 

試合前日まで>

 実は今回が型の試合への初挑戦である。先ずは全ての型の動作をビデオや極真魂の「型を学ぶ」の記事や自分の空手ノートで復習し、型名を言われた後、直ぐに身体が動くようになるまで自主稽古した。また型本来の動作をするため、開脚等のストレッチを毎日少しずつ負荷を重くしてやるようにした。今までは開脚の途中で膝の裏が痛くなると、「身体に悪そうだから」と直ぐに諦めてしまい、何年経ってもある角度以上開くようにはならなかった。今回は「絶対に180度開脚ができるようになりたい」という強い思いがあったので、膝裏の痛みを我慢して体重を掛けて開脚するようにしたら、少しずつ開くようになってきた。今でも未だ180度には到達していないが、いつか必ず開くようになりたいと思っている。

 

試合当日>

 交流試合当日の朝、集合時間の15分前に会場に到着した。するとそこには、新極真会を率いる先生方が既にお見えになっていた。先生方は穏やかな表情であったが、そこには凛とした気配が漂っていた。「先生方より早く到着するよう 30分以上前には到着しているべきだった」と後悔した今回も予想外のサプライズを準備して下さった柚井師範に心の中で感謝した。次回以降は遅くとも開始30分前には会場に到着するようにすることを心で誓った。会場に到着した我々道場生は師範、先生方、先輩、道場生、ご父兄の方々、会場の方々に一人一人挨拶をした。次に師範より進行に関する説明を受けた後、会場を設置し、参加者および関係者を会場に御案内した。

 

試合の感想>

 午前の試合の相手は赤須先輩だった。先輩の次に名前が呼ばれ、挨拶をして開始線の前に立った。「平安V」の声が聞こえた。リラックスしようと思ったが、鼓動は高鳴り心拍は制御できなかった。試合の最中は夢中で、型名を良く聞き、一挙手一挙動を間違えないよう気をつけた。この型は稽古では黙想から始まり黙想で終わるが、試合では不動立ちから始まる。自分は最後に黙想の形で終わってしまった。稽古中に身体が覚えてきたことを急に変えることは難しいことを知った。従って今後は普段の稽古中から正確さ、気合、間合い、緩急、バランスを意識していきたいと思う。判定結果は0−3だった。掛け声の気合や動作の力強さ等、全体的に先輩の方が勝っていたと感じた試合後 先輩にお礼をして退場したが、退場の挨拶を忘れてしまう程緊張していた。

 午後の敗者復活試合の相手は大村先輩だった。午前と同様に平安Vをやった。試合中は午前中よりリラックスでき身体も動いていたと感じた。判定結果は0−3だった。今回も動作全体が先輩の方が勝っていたと感じた。

今後は継続的に試合に参加することで試合の雰囲気に慣れ、勉強して平安Vの型への理解度を深めていきたい。今回は特に型を間違えないことを主眼に置いた。今後は正確さに加え、型全体の流れと技を見せるようにしたいと思う。そのためにはまず筋トレでパワーとスピードを強化したい。また試合で上がらないために、1週間前から前日にイメージトレーニングをしたい。

 

試合の進行についての感想>

 試合以外の時間は大変勉強になるということを、回を追う毎に実感する。始めて間もない頃は、自分の役割をこなすことで精一杯で周囲に目配りする余裕など全くなかったことを思い出す。苦しいときに周囲を気にかけることができる余裕を持てるようになりたいと思う。自分の理想は、自分の役割を完璧にこなし、同時に自分の意識の一部は一段高い位置から会場全体に目を配り気配を感じながら、会場内で不測の事態が起こることを事前に察知し未然に防止することができれば素晴らしいと思う。この境地にいつか到達できるよう、間違えを恐れず、積極的に、勇気を持って、今後も勉強させて頂きたいと思う。空手で学んだことは自分を成長させ、日常生活や仕事でも直ぐに実践でき、周囲に良い影響を与えることができる。

 なお入会間もない一般部の皆様のためにご参考までにご紹介すると、自分が毎回持参する物は、蛍光ペン、3色ボールペン、A4サイズの紙を上からクリップできる下敷きの三点セットである。

 

謝辞>

 最後になりましたが、今回敢闘賞を頂きました。今後の稽古の励みとさせて頂きます。誠に有難うございます。今回も多くの気づきの機会を与えて下さいました柚井師範、ウルリカ先生、御多忙の中遠路お出で頂き審査頂きました新極真会の先生方、様々なアドバイスを頂きました宮城先輩、共に頑張った道場生の皆様方、応援に来て下さいました道場生のご関係者の皆様、会場関係者の皆様に心より感謝申し上げます。

 

追記>

 体調不良で自宅にいる筈の妻が応援のため会場に現れ試合の状況を質問された時、「今忙しいから後で」と断ってしまった。後で聞くと、妻は昼過ぎから試合会場でずっと応援していたらしい。家族の理解と協力があってこその稽古であり、他人に優しく家族に厳しいことはあまり褒められたことではないと反省した。

 

 

極真空手を通じ今後とも心身練磨してゆく所存です。今後とも宜しく御願い申し上げます。押忍。

 
 

 

「うれしかった敢闘賞」
              齋藤 圭汰
 ぼくは、はじめて型の試合にさん加しました。
 試合会場の中に入ると、たくさんの選手やおうえんの人がいました。いつもの練習の時とは空気がちがうから、ぼくは何だか落ち着けません。
そして、型の試合が始まりました。自分の番になった時、とてもきんちょうしました。
一試合目の型には、ぼくの苦手な「回し受け」という技が入っています。試合が始まり、その技にきた時、ぼくはやっぱり失敗してしまいました。でも、お父さんやお母さんと約そくした通り、と中であきらめないで最後まで続けました。結果は、相手の勝ちでした。分かっていたけど、ぼくはやっぱりがっかりしました。
 体のかたいぼくは、足を組むのは苦手です。そして、集中して静かに見学するのも苦手です。でも、ほかの選手達の試合をじっくり見学しました。
ほかの選手達がくり出す型は、とてもきれいで、動きも素早く、うでや足をのばしたりけり上げたりする時、シュッシュッと空気を切りさく様な音がして、とってもかっこう良かったです。あいさつや気合いの声も大きいと、強そうに見えました。
 敗者復活戦によばれた時、ぼくは次の試合では、さっき見た様に、力強くて、素早くきれいに型が決められる様やろうと決めました。
お父さんが「下手くそでもいいから、大きな声で気合いを入れて、どうどうとやるんだ」と言っていたのも思い出しました。
 敗者復活戦でえんじた型には、前にむかってかっこう良くけり上げる技が入っているけど、体のかたいぼくがやると、何だかかっこう悪くなってしまいます。でも、あきらめないぞ、自分に負けないぞと思って、ほかの人にわらわれてもいいから、ぼくなりにかっこう良く型をえんじました。
 結局、この試合でも負けてしまったけど、一生けん命やったので、お父さんとお母さんはぼくをほめてくれました。
 表彰式の時、敢闘賞でぼくの名前もよばれて、ぼくはとてもびっくりしました。でも、一番びっくりしていたのはお母さんで、何回も「聞き間違いじゃ無いの?」と言っていました。
記念のたてを先ぱいから受け取った時、うれしくて、顔が何だかニヤけてしまいました。
帰り道、たてをお父さんとお母さんに見せたら、「空手を始めたころよりも、少しだけど型がかっこう良く上手になったから、賞をもらえたんだよ。明日からも、がんばれよ」と言われました。
 ぼくは、コツコツ練習を続けていくのが苦手だけど、ほかの先ぱい達の様に強くて上手になりたいので、ぼくなりに、あせらずコツコツがんばります。
ありがとうございました。


   以上



新極真空手東京西支部交流試合 型の部 感想文


鈴木大樹

先日、東京西支部で型の交流試合が行われました。東京西支部恒例の年間行事ではないでしょうか。

中学校での生活も少し落ち着いてきたので型の試合にも出場してみようと思い、出場させていただきました。型の試合は、はじめてではなく何回か出場をしましたが、自分の練習不足でなかなか結果を出すことができませんでした。稽古にもなかなかいけずに試合の日がすぐ迫ってきました。

当日の朝、いつもは組手の試合なのでつかわせてもらっている泉体育館ではなく、昭島の昭島スポーツセンターでした。家も近かったので自転車でスポーツセンターに向かいました。

道場生が集まりだすと、カウンターに挨拶をしにいき、館内にはいりました。館内にはいると緊張感はないでしたし、とてもリラックスして過ごすことができました。

階級別にならんでパンフレットをもらい眺めていました。いままでなかなか一回戦さえ通過できなかったのでまずは一回戦とおもっていました。そして間もなく自分の試合の番になりました。型は平安五でした。黄色帯の線入りは一番長くしめていた帯なので一番馴染みのある型といえば平安五だったので苦手な型をやるよりはずっと楽でした。一回戦は、どうにか勝つことができ、二回戦に進むことができました。僕にとっては久しぶりに型の試合で勝つことができたのでそれはうれしかったです。

二回戦では残念ながら負けてしまいましたが、まだ敗者復活戦があるのでそこでがんばろうとおもいました。そしてまた間もなく自分の試合の番がまわってきました。

この試合でも型は平安五だったので型はやりやすかったです。そして、この敗者復活戦でも一回戦を突破することができました。これで恥ずかしながら型の試合で二回勝つことができたという自分の自己記録更新ができたのでとりあえず満足はできました。

敗者復活戦では波にのって、勝とうと思ったのですが負けてしまい。これで自分の型の試合は終わったわけですがそのあとも勝ち残っている道場生の型をみさせていただき勉強をさせてもらいました。普段は人の型をみれないのですが、型の試合で人の型をみて勉強できるのはいいことだとおもい、自分でも実感しています。ですから、型の試合は自分の練習や稽古の成果を試すとともに他の人の型をみて自分のなかに吸収し、うまくなれる勉強の意味でも考えられるのではないかとおもいます。

そして、型の全試合がおわり、優勝者の演舞もおわり、表彰式に移りました。例年どうり自分は拍手でおわるのかとおもっていました。そんなことをおもっていた矢先に突然自分の名前がよばれたので反射的に押忍と返事をしました。前にかけよってやっと自分が敢闘賞でよばれたのだとわかりました。自分を疑うほどびっくりしました。本来、自分はもらえる立場の人間じゃないとおもっていたので驚きました。でもこれで自分にも型への励ましができるとおもいました。ありがとうございました。

今回、自分は型の試合にでて充実した一日をおくることができ、さらにいろんなことを学ぶことができました。おそらく、いままでの型の試合のなかで一番有意義な試合にできたとおもいます。この日で経験値をたくさん稼ぐことができました。

この試合を支えてくださったのも朝早くからお出でくださったご父兄の方々、最後までおおきな拍手での応援ありがとうございました。また、他の道場の先生方には来ていただき審判もしてくださって、道場生のひと達は一層身がひきしまったとおもいます。今後の型の試合や組手の試合、外部の大会の時はよろしくおねがいします。ありがとうございました。そして、師範やウルリカ先生、宮城先輩には試合にださせていただき本当にありがとうごじました。

また、型の試合などの行事などがあったら積極的に参加していきたいとおもいますので、どうぞよろしくおねがいします。           押忍

 

かたのしあい
   宇井 輝

ぼくは、3月9日の日よう日にかたのしあいに出ました。はじめてのかたのしあいだったのであさからすこしきんちょうしてしまいました。
 しあいの日のあさ、犬のサクラがえさのいれものをひっくりかえしてしまい、かたづけのじかんでおそくなってしゅっぱつのじかんがおそくなってしまいました。しあいのたいいくかんに車で行きました。ちこくしそうでした。しあいのばしょのちかくになってからおかあさんがみちをまちがえてしまったけど、まにあいました。よかったです。おかあさんが車をちゅうしゃじょうまでとめに行っているあいだにおにいちゃんがぼくを入口までおくっていってくれました。
 入口でせんぱいたちに大きなこえであいさつをしました。そのあと、くつをいれるふくろをもらってふくろの中にくつをいれました。たいいくかんの入口できんちょうしながら入っていそいでにもつをはじっこにおきに行って、それからいそいでたいいくかんの入口のちかくに行ってほかのせんぱいたちにあいさつをしました。そのあとがく年のじゅんばんにならぶようにいわれました。ぼくは、小がく一年生のれつにならびました。
ぼくのさいしょのしあいは八しあいめでした。いっぱんのせんぱいに名まえをよばれて、ジャンパーをぬいでれつにならびました。ならんでいるとちゅうに、まちがえたらどうしようとおもいました。だんだんきんちょうしてきました。
八しあいめになってぼくの名まえがよばれました。しゅしんが
『ビンアンその一。ようい、はじめ』
といいました。ぼくはビンアンその一を始めました。ちょっといそぎめでていねいにやりました。けいこのときにあんまり下をむかないようにいわれたのでそれにちゅういしてかたをやりました。きあいで大きなこえを出しました。いっしょうけんめいにがんばったけどまけてしまいました。とてもくやしかったです。はいしゃふっかつせんがあるので、こんどはもっとがんばらなくてはいけないとおもいました。
 じぶんのしあいがおわってからほかのひとのしあいを見て大きなこえでおうえんしました。いっぱんのせんぱいのしあいははくりょくがあってすごいとおもいました。
 つぎははいしゃふっかつせんです。すわってほかの人のしあいをおうえんしているときにいっぱんのせんぱいに名まえをよばれました。そしてまたれつにならびました。れつにならんでいるときはすごくきんちょうしました。でもじゅんばんがきてまえに出て礼をしてからもっときんちょうしました。はいしゃふっかつせんでもビンアンその一といわれました。ぼくはいそいでやっているときにまちがえちゃうことがあるから、あんまりいそぎすぎないようにがんばりました。でも下をむいたせいでまけてしまいました。すごくくやしかったです。またまけてしまったから、いえでビデオを見てこれからたくさんれんしゅうをしたいとおもいます。
おひるごはんはたいいくかんの中にわでたべました。でもたべおわってから中にわではしりまわっていたらみやぎせんぱいにおこられてしまいました。ジャンピングスクワットをやるようにいわれました。やっているときはとてもつらかったです。たくさんジャンピングスクワットをやりつづけました。でもかたのしあいをしにいったのにとちゅうでふざけたりしていけないことをしてしまったとおもいました。ぼくたちのせいできいろおびのせんぱいといっぱんのせんぱいもジャンピングスクワットをたくさんやることになってしまってすみませんでした。これからきをつけなくてはいけないとおもいました。
ごごのしあいのじかんになったのでぼくはたいいくかんにもどってれつにならびました。ぼくはまけてしまったのでごごのしあいはありませんでした。でも、ほかの人たちのおうえんをがんばりました。けっしょうせんまでいった人たちのかたを見て、とてもじょうずでかっこいいとおもいました。いっぱんのせんぱいたちのかたがとくにすごいとおもいました。
いつかぼくもせんぱいたちみたいにかたができるようになりたいとおもいました。つぎのけいこではかたもくみ手ももっとがんばりたいとおもいました。
さいごにひょうしょうしきがありました。さいしょのときみたいに小がく一年生のれつにならびました。かった人たちがトロフィーをもらっているのを見て、いいなとおもいました。こんどはトロフィーをもらえるようにけいこをもっとがんばらなくてはいけないとおもいました。
 ぼくはまけてしまったから名まえはよばれないとおもっていました。でもさいごのかんとうしょうのときに
『宇井輝』
とよばれました。
『おす』
とへんじをしてまえに出ていきました。びっくりしてしまったけど、たてをもらえてすごくうれしかったです。ありがとうございました。つぎのかたのしあいではもっとがんばりたいとおもいます。
たいいくかんを出てから車がとめてあるちゅうしゃじょうにあるいて行きました。ちゅうしゃじょうでつかもとさんとほかのしんぱんのひとたちにあいました。つかもとさんが、せがたかくてかっこいいなとおもいました。あいさつをして車にのっていえにかえりました。
しあいでおうえんしてくれてありがとうございました。しはん、ウルリカさん、みやぎせんぱい、いつもけいこでいろいろなことをおしえてくれてありがとうございます。これからもかたやくみ手をがんばるので、たくさんおしえてください。

おす。


東京西支部 交流試合 (型の部)感想文 松宮 暖


試合の日は、朝起きて、少し緊張していたせいか、朝ご飯が、あまり食べられませんでした。
今回の試合会場は、いつもと違っていたので、どんな所なのか、とても気になりました。今回は、駐車場に車が、止められないので、お父さんに、車で送ってもらいました。車を降りる時、お父さんが「がんばれよ!」と言ってくれました。 型の試合に出るのは、三回目なので、少しは慣れていたけれど、さすがにちょっと緊張していました。会場について、先輩、後輩、父兄の方に挨拶をしたけれど、声があまり出ませんでした。今回も、会った事の無いたくさんの人がいて、びっくりしました。一緒の学校の大野先輩と合流して、少しだけ話しをしたら、ちょっと気持ちが、落ち着いてきました。試合が始まって、自分より先の人達の試合を見て、みんなピシッピシッとしっかり型をやっていたので、僕も「しっかり型を決められるように、がんばろう!」と思いました。先に大野先輩が試合をやって、勝っていたので、「僕も、がんばって勝とう!」と思いました。
1試合目は、緊張していたので、ピシッとできなかったので判定の時、
「ピシッと決められなかったから、負けたかな?」と思ったけど、なんとか勝てたので、良かったです。試合が終わった時、緊張がほぐれてホッとしました。ずっとみんなの試合を見ていたら、なかなか、そくぎたいきょくの型が出てこなかったので、頭の中でしっかりと、1と2の区別をつけました。でも、自分のやった試合には、そくぎたいきょくは、出なかったので残念でした。2試合目の前に大野先輩の試合を見ていたら、負けてしまったので「僕は、先輩の分まで、がんばろう!」と思いました。2試合目は、1試合目よりも気合いを入れてがんばったけど、負けてしまいました。気合いばかりに、集中し過ぎて細かい所が、しっかり出来ていなかったから、ダメだったのかなと思いました。とても悔しかったです。
僕が、試合を見ていてすごいと思ったのは、石岡健太くんです。僕とは違って、ビシッと型が決まっていて、「かっこいいな−!」と思いました。やっぱり組み手試合でも、強い人は、力が入っているから、ビシッと決まるんだなと、思いました。
敗者復活戦の1試合目では、少し慣れてきていたので、あまり緊張していませんでした。ビシッと型を決められたので、勝つことが出来て、嬉しかったです。「次も、ビシッとやって勝とう!」と思いました。
昼食は、大野先輩、渡邊先輩と、外の芝生の上で食べました。とっても晴れていて 暖かくて気持ちが良かったし おいしかったです。食べ終わって、芝生の上を、走り回ったり、ふざけてしまい、宮城先輩に怒られて、ジャンピンクをしました。六年生で本当は、注意をしなきゃいけないのに、遊んでしまい、いけなかったと反省しました。次から気をつけようと思いました。
敗者復活戦2試合目は、誰とやるのか見ていたら、大野先輩だったので、思わず何回も確認してしまいました。まさか大野先輩と戦うことになるとは、考えてなかったので、とてもびっくりしました。大野先輩も同じだったらしく「あ−っ!」っという感じの顔をしていました。僕は、「仲良くしている友達でも、がんばって勝ちたい。」と思いました。少しやりづらかったけど、気合いを入れてがんばりました。なんとか勝てたけど、大野先輩に「なんだか悪いな−」と思いました。敗者復活戦3試合目は、もう少しがんばれば、タテがもらえるから、がんばろう!」と気合いを入れてビシッとやりましたが、負けてしまい、とても悔しかったです。もっと練習しないといけないと思いました。
僕は、表彰式の時「今回は、何にももらえなかったな−。」とがっかりしましたが、敢闘賞で自分の名前が呼ばれたので「エッー!!」と、とてもびっくりしました。すぐに返事をして前に出ましたが、聞き間違いじゃないかと、ちょっとドキドキしました。でも実際にもらえたので嬉しかったです。大野先輩も、敢闘賞をもらえたので、良かったと思いました。後で、お母さんの所に行ったら すごくびっくりしていました。今度は、もっとがんばって敢闘賞ではなく、ちゃんと入賞して タテやトロフィーをもらえるようになりたいです。


春日井 啓悦


この度は、東京西支部主催の型の試合に出場させて頂きまして、ありがとうございました。試合を運営してくださった師範の方々や、一般部の方々、応援に来てくださったご父兄や、ともに試合をさせていただいた選手の方々など、交流試合に関係された全ての方々に感謝いたします。それと、何よりも、自分を根気強く指導してくださいました、杉原師範と、門下の諸先輩方々に、そして、ともに修行する杉原道場の少年部、一般部、壮年部の方々と、いつも支えてくれている家族に感謝いたします。

また、様々なご配慮の下、「特別賞」を頂まして、本当にありがとうございました。今後も、肉体だけでなく、精神を鍛え、優しく、強く、暖かな一人の人間になるために、空手の道を歩ませていただきたいと思います。

自分は、2年前の春に、吉祥寺杉原道場の杉原師範の下で空手の入門をお許しいただき、息子とともに週に1度という微々たる空手修行を始めさせていただきました。

以前から、息子が空手をやりたいと希望していたことと、武道の精神を学んでほしいと考えた親の想いが一致して、道場をさがしました。当時は、自分も空手をやったことはなく、極真空手の名前を聞き及んでおりましたが、フルコンタクトで、痛そうだし、怖いし、怪我をするかもしれないしと、極真空手に入門したいとは、考えておりませんでした。縁あって、杉原師範が、吉祥寺に道場を開かれる折に、道場見学をさせていただきました。杉原師範から、「親子クラスは、お子さんと一緒に稽古が出来るので、一緒にいかがですか?」と声をかけていただいて、息子と二人で体験入門させていただくこととなりました。フルコンタクトではない空手道場であったり、自宅の近くで息子一人で通うことの出来る道場であったなら、息子が武道を一人で行えばいいのではと考えておりましたが、極真空手という、自分自身も未知の武道で、痛そうで、怖いと思うところではありましたが、体験入門を通して、やさしく、きびしく、暖かな杉原師範に接していただいて、息子と一緒に極真空手をやってみようと入門させていただきました。

一つのことを最後までやり遂げるが大切だと考えて、息子とは少なくとも1年は続けないといけないと話しましたが、入門して何度かのクラスに通うと、息子は、怖いし痛いしと予想していた反応ではありますが、「何でぼくは、空手をやりたいって言っちゃったんだろう?」と泣いて居りましたし、自分自身も長年の運動不足から、少しの運動で息が上がるし、筋肉痛にもなり、正直なところしんどくて、「なかったことにして」などと考えもしましたが、自分が負けてしまっては、息子に続けることの大切さや、やり遂げた喜びをあじ合せることが出来ないと思ったので、なだめすかして息子を道場に連れて行き、自分もそこで汗を一緒に流すことを続けることが出来ました。入門当初は道場に人数も少なく、同門の友は、息子だけという感じでしたが、少しずつ人数が増えて、他のお父さんも入門してきましたので、一般部の同クラスの人練習することと、息子と一緒に道場に通える事が励みになり、今日はやりたくないなぁという想いを振り切って、毎週練習に通うことが出来ました。子供たちは、早くから交流試合に出場する機会を与えていただき、家族で茨木や、栃木などの交流試合に参加させていただきましたが、最初の試合でよほど怖かったのか、何度かの交流試合は、「なんで、試合に勝手に申し込むの?」と息子から、文句を言われ、「でたくないよー」と泣かれる始末で、ほとほと困りましたが、せっかく「試合に出てください」といっていただけることが有難いのだと、息子に言って、続けさせていただきました。そんな息子が、変わらせていただけたのは、週に2回の練習をと練習量を増やさせていただいてからのことですが、型稽古、移動稽古などの基本の技をしっかりと体に覚える基盤が出来てからですが、空手の練習に通うことは、楽しくなったようで、試合に対しても、少しずつ前向きに臨めるようになってまいりました。これも、杉原師範と道場生の皆様のおかげと思っております。

さて、自分はといいますと、同門の一般部のお父さんたちが、練習量を週に2回以上にして、昇級試験を受けていかれる中、練習量を増やすことが出来ず、後から入門された一般部の方々が、次々と試合に出られる姿を見て、怖さが先にたって、組み手の試合は出れないなぁと思う反面、「試合に出てみませんか」と声をかけられるほど上達できない自分と、成長していく息子を見て、複雑な気持ちでおりました。しかしながら、こどもと一緒に練習する時間を持てることが有難く、苦しい中にも、楽しい練習を続けさせていただきました。昨年暮れに、念願の昇級審査を受けさせていただき、多くの同門の方々とともに、10級のお許しをいただきました。ありがとうございました。そのような微々たる空手修行で、試合など程遠いと考えておりましたし、組み手の試合など、まだまだ恐ろしくて、出られるような気持ちになれないのですが、今年になって、型の試合があるので、一般部の方も参加されてもよいですと頂きまして、意を決しての、初めての試合参加になりました。

39日は、息子の大翔とともに試合会場に向かったわけですが、入門して以来、初めての試合で、数日前から緊張している自分を発見しました。自分が体験してみて始めて、試合というのはずいぶんと、ストレスがあり大変なことだと思う反面、そのために目標を持って練習に当たらせていただけるので、より充実した練習を積めるのだとわからせていただきました。会場に着くと、東京西支部の一般部の方々が、案内、誘導などをしていただいて居りましたが、その方々が、試合の進行や誘導などの役目を行いながら、自身も試合に出られておりましたので、有難く思い、頭が下がりました。当日は、少年部の数が9割ほどで、一般部は1割程度でしたから、子供たちの試合の中に、一般部の試合が割り込ませていただいた感じがありました。子供たちの試合を見ていると、子供であっても、気合の入った効果のある技を出す子供達がいることに気が付きました。柚井師範から、「みんなの力は、接近していてそれほど変わらないのだ。型の試合は、一発勝負だから、そこに力を出し切って見なさい。」というようなことばをかけて頂きましたが、帯の色ではなく、そこに、正確に技をだして、気合を込めて技を出したものが勝ち進んでいるように思われました。自分の試合は、やってみると、技が一つ一つ決まらず、足腰が不安定でゆらゆらしながら、気合だけはと思い、大きな声を出してみましたが、1回戦であえなく敗退。敗者復活戦でも、いきなり型を間違い、覚えたつもりで、出来てるつもりということが、いかに頼りなく、本番で実力を出していくことの難しさや、そのために必要な練習が足らないことを痛感いたしました。本戦、敗者復活戦ともに、3−0の判定で初戦敗退となりまして、もっぱら勝ちあがっていく選手たちの観戦と、応援とに回ることとなりましたが、杉原道場の少年部の道場生の中で、体調を崩して当日試合に出れないのに、出る人の応援をしたいと、かけつけてくれた少年が居りまして、自分の体もままならないのに、他人のためにと気持ちを運ぶその姿に、人としての大切なものを見させていただきました。これも、今回試合に参加させていただく機会を頂いたことあってのことと思いました。

今回の試合では、多くの入賞者があり、その一人一人が、すばらしい試合をされて、参加させていただけてよかったと思いましたし、一緒に稽古をした少年部の人たちにも入賞者が出たことが大変うれしかったです。また、自分としては、次の機会はもっともっと練習をつんで、入賞できるようにと心を新たにしておりました。表彰式も多くの方が表彰され、最後の最後に特別賞と云う事で、憧れの塚本徳臣師範から特別賞を手渡していただきましたが、大変びっくりして、「ああ、本当に、特別賞なんだなぁ」と思いましたし、子供を連れて道場に通うことをはじめたつもりでありましたが、いつの間にか、子供が、杉原師範が、道場生がみんないてくれたことで、通わせていただけていたのだと気が付くことが出来ました。今後も息子とともに空手道を貫いてまいりますので、ご指導のほどよろしくお願いいたします。

 

吉祥寺杉原道場 春日井 啓悦

「はじめての型の試合」

青柳 宇輝

ぼくは、はじめてかたの試合にでました。どきどきしたけどだんだんやっているうちに楽しくなってきました。

 

ぼくは、さいしょの型をやったけどまけてしまい、すごくくやしくてつぎのはいしゃふっかつせんでかとうと思いました。二回せん目は、「ぜったいかつぞ!」と思ったけどまけてしまってすごくざんねんでした。

 

お昼になって、おにぎりとパンをお母さんといっしょに食べました。おなかがすいていて3こぐらい食べました。とちゅうからおばあちゃんがきてくれました。とてもうれしかったです。

 

後半せんは、せんぱいたちの試合を見てやっぱりすごいなあと思いました。同じおびの子でもすごくはやかったりおおきくかたができていてみならいたいとおもいました。

 

前の日に、お父さんにかたを見せたけどお父さんは「まあまあ」と言っていました。「明日だいじょうぶかなあ」と思ってもう一どやるとまちがえるほうが多かったから何回もれんしゅうをしたらできるようになってきてすこしあんしんしてきました。でも、ときどきつっかえるからすこしふあんもありました。

 

本番では、まちがえずにちゃんとできたからよかったけどまけたしまったからこんんどはゆうしょうしたいと思っています。

 

すぐにまけてしまったので何にももらえないかなあと思ったけど、さいごのかんとうしょうの時に名前をよばれてうれしかったです。よばれないと思っていたのによばれたからびっくりしました。

 

あとでみやぎせんぱいによばれてみんなでしゃしんをとりました。しゃしんをとったあとお母さんとえきまで歩いてえきにとうちゃくして電車をまっているとき家でまっているお父さんに電話をして「たてもらったよ」と言うとお父さんは、「すごいじゃん」ととてもびっくりしているようすでした。電車が来たのでのって今日の楽しかったことやいろいろお母さんと話していると小作えきにつきました。電車からおりてお父さんの車で家まで帰りました。

 

家にもどってこんどは犬のさん歩の時もお父さんに今日のことをしらせました。

 

その夜、ごはんの時ぼくのかんとうしょうのおいわいをしてくれました。うれしくなってきました。

 

試合のあとは足がいたくなってきました。ぼくはがんばったからだと思いました。

 

空手の型の交流試合

                    大野 知宏

三月九日に空手の型の交流試合がありました。昭島市総合スポーツセンターで行われまし

た。試合の会場に向かう途中の車の中では、すごく緊張をしていました。

会場に着いた時にはもう一般や緑帯の先輩達や、友達の松宮 暖君と渡辺 昌君がもういました。

列に並ぶ前にまず初めに、試合に参加する先輩達にあいさつをしました。会場の中に入る時には「あと少しで始まるな」と「今年こそは優勝するぞ」と言う気持ちで車の中にいた

時よりも、緊張をしていました。

「押忍、押忍」と言って中に入った時には師範や一般の先輩と審判をする先輩達がいたの

で、あいさつをしました。

試合が始まり僕は二十五番目に戦いました。一回戦目は鈴木 智也先輩と戦いました。

平安その四の型をやりました。平安その四の型は家でもいっぱい練習をしたのでがんばってやりました。先輩達がみんな見ていたので少しまちがえた所もあったけど、三対0で一回戦目が勝ててよかったです。一回戦目で勝てたのが今回で二度目だったので、すごくうれしかったです。二回戦目は市川 奈々星さんと戦いました。一回戦目が勝てたので「勝てる」と思っていたけど、相手の方がきちんと止めたり突いたりしていたので三対0で今回は負けてしまいました。その後は勝っていた人の試合を座って見ていました。

午前が終わり昼食の時には、友達やお母さん達としゃべりながらご飯をたべました。

一時間のきゅうけいを取ったら、午後が始まりました。僕は本戦で負けてしまったので、敗者復活戦をやりました。敗者復活戦での一回戦目は、細川 舜一郎さんとやりました。足技太極その一の型をやりました。足技だったのでバランスを取るのが難しかったけど、足を元にもどしたりがんばってやりました。がんばったので勝ててよかったです。

二回戦目は友達の松宮 暖君とやりました。今回は友達で後輩だったので「負けたくない」という気持ちで本戦の時よりもずっとていねいにがんばってやりました。でも相手の方が上手だったので、二対一で負けてしまいました。相手は後輩でしかも、一点差で負けてしまったので僕はすごくくやしかったです。負けてしまったけど最後までがんばってやって二回勝ったので、よかったです。優勝や準優勝した人達の型を見て「もっと練習しないと勝てないのかな」と思いました。

表彰式の時には優勝した人がもらったトロフィーを見て「なにももらえないだろうな」と思っている時に「大野 知宏」と自分の名前が呼ばれたので「押忍」大きな声で返事をして前に出たら、敢闘賞でのたてをもらいました。なにももらえないと思っていたのでびっくりしました。初めてこんな賞をもらえたのでよかったです。敢闘賞だけどもらえたので本当に、うれしかったです。友達の松宮 暖君も同じたてをもらっていたので、よかったと思います。

参加した人達全員で記念写真をとってもらう時には、もらったたてを両手でもって「やった」という感じでした。師範や宮城先輩達にあいさつをした後に同じ賞をもらった人だけで、写真をとってもらいました。

帰りの車の中でお父さんとお母さんにもらったたてを見せました。僕は「今度はたてじゃなくて、優勝してトロフィーをもらうぞ」と思いました。

僕はもう中学生なので来年は、優勝できるようにがんばりたいと思います。

がんばってたてがもらえてよかったです。


津田智

押忍

さる20年39日、初めて支部の交流試合(型の部)に出場させて頂きました。結果は4試合で2勝2敗。振り返ってみるとどの試合も決してほめられた内容ではなかったように思いますが、それでも敢闘賞を頂きました。この賞は何かを認められて頂いたものではなく、今後の頑張りを促すための激励のようなものだと受け止めています。

交流試合全体を通じても勉強になることが多く、いい経験をさせて頂きました。今まで先輩方に話しを聞いたりホームページの文章を読んだりして自分なりに試合について想像してはいたのですが、実際に体験してみて初めて分かることが沢山ありました。1日を通じて感じたことや今後について思ったことなどを感想文として述べたいと思います。

 

まずは自分の試合についてですが、4試合で平安その1を1回、足技太極その3を3回やりました。順番が分からなくなるということはありませんでしたが、事前に気をつけようと思っていたことはほとんど出来ませんでした。前日までは、足技太極で十字を切るときは上になる手を間違えないようにしようとか、いくつか注意することを考えてはいました。結局、どの試合も集中しきる前に試合が始まってしまい細かいことは何も意識できませんでした。まあまあ出来たと思えたのはひとつひとつの動きを丁寧に気合を込めてやるということでした。丁寧にやった分、技が遅くなってしまい、いつも相手より遅れて終わっていましたが。

試合前に時間の余裕があればもっと集中出来たのにと思う反面、もしも時間があったらその分緊張しすぎていたような気もします。実際は緊張する間もなく試合に入れたのでかえって頭が混乱しなくて良かったのかもしれません。いずれにしろ、集中力が足りなかったのは事実であり、そこが第一の反省点です。

実生活の場ではいつなんどき瞬間的な集中力が求められるか分かりません。仕事においてもとっさのときにすばやく判断し集中することが求められる場面は少なからずあります。交流試合でも自分の出番の直前まで運営の手伝いでほかの事に気を使っていてもいざ自分の番になったら、さっと集中して、持てる力の全てを試合にぶつけられるようになりたいと思いました。

 同時に、普段から稽古を積んで、頭であれこれ考えなくても自然に体が動くようにならなければいけないのだと感じました。どんなときでも落ち着いて集中できる精神力を鍛えるのは重要ですが、緊張して集中できないときでも自然に動ける体を作ることも大事なのだと思いました。というのも最初の試合を終えたとき、「何かに気を付けたり、考えたりしながら動けるのは普段の稽古のときだけ(しかも最初のうちだけ)で、いざ試合となると緊張するので無意識で出来る範囲のことしか出来ないな」という感じたからです。経験を積んで精神的に余裕が出来てくれば考えながら試合が出来るようになるのかもしれませんが、しばらくは試合となれば無我夢中になって冷静ではいられないと思います。だからそんな状態でも動けるように稽古に励まなければと思いました。

もうひとつの反省点は4試合ともすべて同じような感じで始まり同じような感じで終わってしまったということです。1試合目の経験をすぐ2試合目以降に活かすことも今の自分には出来ませんでした。

他の稽古生の試合を見ていて印象深かったことは、少年部の動きのキレの良さです。成績上位の少年部の型は一つ一つの動きが非常にキレがいいと思いました。もちろん一般部の型も勉強になるところが多くありましたが、より印象深かったのは少年部の方でした。普段からよく稽古をしているからああいう動きになるのだなと思いました。

一般部の先輩を見ていて感じたのは特に緑帯の先輩方が、ほんとに試合の直前まで他の仕事をしていながら、自分の試合になるとちゃんと集中して型を行っているように見えたことです。自分もああでなければと思いながら、真似出来ませんでした。

 

 次に運営の手伝いをしていて感じたことについて述べます。

 正直なところ、振り返ってみたところ「今日は試合に出た」という気持ちよりも「今日は試合の運営の手伝いをした」という気持ちの方が大きかった気がします。費やした時間が長い分手伝いの方の印象が強いのかもしれません。私はA面の呼び出しを担当したのですが、予想以上に大変でした。終わってみれば充実感がありますがやはり自分の試合と同様、反省すべき点ばかり思い起こされます。

 なにせ観戦経験も無く初めての試合だったので、最初のうちはどのように試合が進行していくのか見て把握しようと思い全体に目を配ったつもりでした。気づいたら最初の5試合くらいは試合結果を記録することをまったく忘れていました。あわてて記録することに気を使いはじめると、今度は手元ばかり気にして周りへの注意力が足りなくなってしまいいろいろな失敗をしました。少年部を並ばせるときにきちんと出場順に並ばせていなかったり、赤と白の列を間違えて並ばせてしまったりしました。呼び出しを漏らしてしまい、出場選手が名前をアナウンスされると横に座って見ている列の中から「押忍!」と返事をしてあわてて飛び出てくるということも何度かありました。失敗をするたびに修正しようとするのですが、常に何かが抜け落ちてしまい、全体に目を配ることが出来ませんでした。一度「これは仕事を分担して各自やることを集中したほうがいいのでは?」と思いましたが、そうすると試合に出場するため持ち場を離れる人間の穴を埋められないので、結局全員が全体に目を配っておくしかないのだなと思い直しました。気の利かない自分にとっては難しいことですがいい訓練になりました。また、試合の進行が早く一瞬も気を抜けないので精神的に疲れました。実際は気が抜けてるから何度も失敗をしてしまったのですが…。

いかに自分がボケッとしてるかこういう機会に改めて身に沁みます。

 もうひとつ感じたのは少年部に注意するのは難しいということです。声の小さい子、応援中におしゃべりしている子、廊下を走っている子などに気づきはするのですが、その場でタイミングを逃さず注意することが出来ずそのままにしてしまうことがほとんどでした。試合の運営の方でいっぱいいっぱいになってしまって気がまわらないということもあります。でも注意できない本当の原因は自分が物事をきちんと出来ていないからです。例えばいつも自分が大きな声を出していなければ人に対して声が小さいことを注意できません。そんな調子でいろんな場面で注意できない自分が居ました。これは「自分の出来ないことは人にやれとは言えない」ということです。本当は「人に注意できるようにまず自分の行動から正す」ということが出来ればよいのですが実行するのは難しいことです。逆にまず

少年部にうるさく注意をして、うるさく言った手前自分もきちんとせざるを得ないという順番で自分の行動を律する方法もあるのかなと感じました。

 

 このように振り返って考えれば考えるほど思い浮かぶのは反省点ばかりで気が滅入ってしまいそうです。入会して半年経つというのに自分はぜんぜん進歩してないようにも見えます。しかし以前の自分なら反省すべき点にもほとんど気づかずにいたと思います。

 ここで少し空手を始めてからのことを振り返ってみます。

 自分が入会したきっかけは息子でした。昨年の4月に南大沢のオアシススポーツクラブでキッズ空手に当時4歳の息子に空手を習わせ始めました。大人しい息子に少しでもたくましくなって欲しいと思い、何か習わせたいと思っていたところにタイミングよく募集があったので、とりあえず申し込みました。最初の申し込みの時点ではどういう流派の方が教えてくれるのかも決まっていませんでしたが、後でそれが極真空手と分かったときには若干心配しました。初回の教室で師範を見たときには、ほんとにウチの子ついていけるだろうか?と思ったものです。

そのとき配られた極真だよりで師範の文章を読ませていただき非常に感銘をうけました。

直感的に息子以上に自分こそ鍛えてもらう必要があるなと感じました。それから半年悩んだ末に入会を申し込みました。悩んだといっても単に恐くて二の足を踏んでいただけです。

入ってみたら、「入って良かった」と思うこと8割「やめときゃ良かった」と思うこと2割でした。良かったことはいろいろありますが一つあげれば師範をはじめウルリカ先生も先輩方も皆あたたかく尊敬できる人達ばかりでありその方たちと稽古を通じて触れ合えることが何より良いことです。やめときゃ良かったと思うのは稽古がきついからです。どんな稽古も終わってしまえばものすごい充実感があるのですが、途中はいつもつらいです。正直、気持ちが折れることもあります。でも気持ちが折れて「もうダメだ」と思ってから無理やり体を動かして必死で稽古についていくことが一番自分を成長させているなと感じます。最近は仕事の忙しさを言い訳にしてかなり稽古をサボってしまっています。しかし本当に真剣に時間を作る気になれば稽古にも行けるはずなので、またコンスタントに稽古に行きたいと思います。

 はっきり言って自分は格闘技に向いているとは思わないし、今後空手を続けてどれほど強くなれるか分かりません。それでも続けることで間違いなく人間的成長出来ると思います。たしかに稽古はきついですが「ひとたび始めた以上安易にやめることは出来ない」という前提で半年入会を悩んだあげく、その迷いを乗り越えて空手を始めたのですから、まずは続けることを第一目標に頑張りたいと思います。

 

最後に今回交流試合を通じて自分にいい経験をさせて頂いた皆様にお礼を申し上げます。

師範、ウルリカ先生、宮城先輩、審判をしていただいた師範・先生方、どうもありがとうございました。また、いろいろ教えてくれた先輩、稽古生の皆様どうもありがとうございました。

押忍

型の試合   駒井悠人

 

39日、日曜日に昭島そう合体育館で型の試合がありました。

朝、全員が集合した時に、柚井しはんが来て「がんばれよ」と言ってくれたのでぼくはうれしかったです。

ぼくは、「おす」とお礼を言いました。ぼくは、柚井しはんに、がんばれよ、と言われたのでどきどきしていたけど

少し気合が入りました。

 試合が始まってぼくの番がき来たら先輩に「悠人」と呼ばれたのでれつにならんで待ちました。

ぼくが1回戦目に戦う相手は福島拓実君でした。しんぱんの人が「ピンアンその一」と言ったのでその型をやりました。

いつもけい古でやっているのでかんたんにすぐできました。型が終わるとしんぱんの人が、「白、一、二、三、」と

言ってくれたので、ぼくは勝ちました。うれしかったです。それで後ろに下がったときに同じオレンジ帯の岩わき翔太

君に「勝ったぞ。」と言いました。そうしたら翔太君が、「すごいじゃん。」と言ってくれました。それで翔太君が、

「おれもがんばるぞ。」と言ったのでぼくは、「がんばれよ。」と言ってあげました。

2回戦目の番が来て先輩に「悠人」と呼ばれて前にならびました。そうしたら、しんぱんの人が「ピンアンその一」と言った

のでその型をやりました。一回戦のときと同じ型だったのでまちがえないでできました。型が終わったらしんぱんの

人がはんていをとりました。そうしたら、「白、一、二、三、」と言われたのでぼくは負けてしまいました。

すごくくやしかったです。でも敗者復活戦があるから次は勝ちたいと思いました。

 敗者復活戦が始まってぼくの番が来て先輩に「悠人」と呼ばれたので前にならびました。そうしたらしんぱんの人が

「足技体極その一」といいました。ぼくはその型をまちがわないでできました。少しかんたんでした。型が終わったら

しんぱんの人が「白、一、二、三、」と言ってくれてぼくは勝てたのでうれしかったです。それで後ろの列に行ったら

岩わき翔太君が「勝った、」と言ったのでぼくは翔太君に「勝てたよ。」と言いました。敗者復活戦の2回戦目は

しんぱんの人が「足技体極その三」と言ったのでその型をやりました。ぼくが一番とくいな型だからやり終わったとき

勝つかと思ったら、負けてしましたまし。すごくくやしかったです。負けたので横の列に行ってすわってほかの人の

型をやるのを見ていたら足がいたくなってきました。ぼくは試合をした人にはく手を何回もしていたら手が痛くなってきました。

最後に、ひょうしょう式の時またかんとうしょうをもらえるかと思ったらもらえなかったのでくやしかったです。

今度試合があったらお父さんにも見に来てもらいたいと思いました。今度は優勝をめざしてがんばりたいと思います。