くみ手のしあいにでて うい あきら ぼくは、ようちえんのねんちょうのふゆに空手をはじめてから、いままでずっとがんばってきました。どうして空手をはじめたかというと、かっこいいとおもったからと、つよくなりたいとおもったからです。さいしょのときはだいじょうぶだったけれど、いまはけいこがだんだんむずかしくなってきています。でもじょうずになれるようにまいしゅうがんばっています。 くみ手のしあいに出ることがきまってから、くみ手のけいこがきびしくなってきました。いつもとおなじかとおもったけど、ちがいました。でも、がんばる、と心にちかいました。けいこできいろおびのせんぱいとくみ手をやってとてもいたかったです。けいこ中にないてしはんにちゅういされてしまいました。つよいあいてとれんしゅうをすればつよくなれるといわれたので、それからもっといっしょうけんめいにがんばりました。ぼくはくみ手があまりすきじゃなかったです。こうげきをかわせないといたいからです。でもそれからじしんがついてがんばれました。しはんやせんぱいのおかげでくみ手がすこしすきになりました。 しあいの日は早おきしました。あさからじゅんびでたいへんでした。ちこくするとおもいました。でもしゅうごうのじかんにまにあいました。よかったです。 しあいのあさはちょっぴりきんちょうしました。でもじゅんばんになったらすごくきんちょうしました。 さいしょのしあいははじめてだったのですごくきんちょうしたけど、かったときはうれしかったです。 にしあいめはあおおびの人とやりました。あいてにたちむかうようにしました。すきをつくらないようにしました。なるべくれんぞくでこうげきするようにしました。けりをたかくするようにしました。いっしょうけんめいにがんばるようにしました。にしあいめもかちました。あおおびの人にかてたことがすごくうれしかったです。 みんなをおうえんするときに大きいこえでおうえんしました。じぶんのしあいのときに大きなこえでおうえんされてうれしかったです。 ぼくはじゅんけっしょうでまけてしまいました。けっしょうせんまでいきたかったです。3いけっていせんでもまけてしまいました。くやしかったです。 でも4いでもトロフィーをもらえたのはとてもうれしかったです。 ほかのみんなのしあいを見てすごかったです。みんなのしあいを見てこうおもいました。がんばればかてるんだとおもいました。 いっぱんのせんぱいたちのしあいを見てすごいとおもいました。いっぱんのせんぱいたちを見て、じぶんもせんぱいたちみたいになりたくなりました。 これからの空手のけいこでは、かたとくみ手をきちんとがんばりたいです。ほかにもすべてのものをがんばりたいです。 しあいのときは、おうえんをしてくれてありがとうございました。しはん、ウルリカさん、みやぎせんぱい、いつもけいこでおしえてくれてありがとうございました。これからのけいこもいっしょうけんめいがんばるので、これからもよろしくおねがいします。 |
|
一般部 敗者復活戦 2位
12 月2日の東京西支部交流試合に参加させて頂き、誠にありがとうございました。組手の試合は昨年の西支部交流試合以来、約 1年ぶりでした。あの試合の独特な雰囲気と緊張感をまた味わうのだと思うと、なんとも言えない気持ちになりました。そして、試合に向けてしっかり準備をしないといけないと思いました。
今年は 7月頃から仕事で出張が続き、一番辛くて大切な夏場の稽古にほとんど参加することができませんでした。しかも9 月の半ばには、今度は10月末まで青森に出張に行くように言われてしまいました。出張も重なり、これで今年の交流試合は出場できないかなと思っていたところ、今年は 12月に開催されることを知り、なんとか試合に向けて準備をしようと決心しました。また合宿のときも、東京に帰してもらえるようになったので良かったです。この1年間出張で日本各地を数々回らせて頂きましたが、その土地それぞれの自然、空気、食べ物、そして名所があり、自分の心身でそれを感じることができました。一ヶ月以上滞在した青森に関しては特にそうであったと感じています。
青森に行くにあたって空手に関して自分の中で考えていたのは、どのように稽古の変わりになるように身体を動かそうかということでした。仕事の内容が遺跡の修復保存でしたので、幸い土などを運ぶ体力仕事が多く、大変でしたがある意味助かりました。また意識的に土の袋を運んだりして、密かに筋トレをしていました。緑豊かな大自然(現場は山の中)、澄んだ空気、また天気にも大分恵まれ、加えてホテルの豊富な食事に、早寝早起き、そこそこの体力運動??、うれしい日暮れまでの仕事と、自分の身と心を健康にしてくれる要素は盛りだくさんでした。また夜は時間があったので、青森ベイブリッジを目前に臨む「青い海公園」、青森県庁横の「青い森公園」で型の練習や補強運動を行いました。これもなかなか良い思い出になりました。またホテルの部屋では、空いているスペースを利用しシャドウをしたりしました。
青森の練習を通して感じたことは、例えどのような場所であっても、そしてどのような環境であっても、その気になりさえすれば、いくらでも稽古はできるということです。畳一畳のスペースでも、息を上げる練習も補強運動もできます。一方で一人の練習の欠点も感じました。やはり自分一人で行うために、追い込みに足りない部分が出てしまったり、様々なところで自分を中心にしか考えていない練習になってしまいます。本当の空手の稽古は、道場で師範、先生、先輩を始め道場生の方々と一緒に、人間関係を通してお互いを高めあう、そのような稽古の中にあると思います。そしてその中に、空手を通じての人生勉強があるように感じます。もちろん、一人の自主練習はとても大切だと思いますが、今回の青森の出張を通して道場での稽古の大切さとありがたさをとても強く感じました。
試合とはそれてしまいましたが、いざ当日、緊張感を胸に試合会場である泉体育館へと向かいました。選手としての緊張もありますが、試合運営スタッフとしての緊張もかなりありました。朝のスタッフミーティングの時には、木浪師範、塚本先生が来られて、さらに試合の雰囲気が高まりました。
今年の交流試合、一試合目は二村さんとの対戦でした。二村さんはとてもパワフルで圧力があり、去年の敗者復活戦で自分は完全に力負けをしてしまいました。スパーリングの時でも自分よりも体格の勝る方と行う時は、正直気負いがしてしまいます。自分のパワー不足を改善しないといけないし、戦い方ももっと考えていかないといけないと思います。これは今後組手を行う上での大きなテーマになると思います。試合の方は、初戦から本当に苦しい試合でしたが、何とか延長戦の末、二回戦に進むことができました。朝少し早めに起きてアップをしておいたことが、初戦のなかなか体が動きにくいことに役立ったのではないかと感じています。
二試合目は高日さんとの対戦でした。確か四年前の交流試合、まだ当時は一般部の出場者が少なく、高日さんと自分の二人でのトーナメント??であった記憶があります。今年の一般部の出場者の人数を見ると、この数年でものすごい数になりました。その決勝戦では、延長、再延長まで戦って、一試合だけでしたがとても充実した試合だった思い出があります。今回も、高日さんはとても試合慣れされているので、肩を借りるつもりで臨みました。やはり苦しい試合でしたが、組手に少し動きを付けたのが好かったのか、三回戦に進む結果になりました。高日さんの、あらゆる試合に挑戦されるその姿勢はいつも見習わないといけないと思っています。
三試合目は廣重さんでした。やはり廣重さんの若さとその突き蹴りの勢いはすごく、ダメージを受けてしまいました。結局、金的と顔面殴打の反則をしてしまったこともあり、完全に負けてしまいました。苦しくなって、ただやみくもに突き蹴りを出している自分の組手がこのような結果につながったのだと思っています。また受けもしっかりできていないので、試合後には足がかなり効かされた状態になっていました。
敗者復活戦に関しては、決勝で鈴木勇樹先輩の前に屈しました。押し込まれ続けて、今日の自分にとって最後の試合は、実に情けない内容になってしまいました。今回自分は(幸運にも)八試合、試合をさせていただきました。対戦相手をしていただいた方々は、もちろん稽古中にも手を合わせたことのある方がほとんどでしたが、この試合という空間だと、普段とはまた違う気迫、間合い、圧力があって、それがとても新鮮に感じました。また今回は自分の中で少し動きを付ける組手を意識したせいか、そのことが少し下がることにつながってしまった気がします。対戦相手をして下さった方々、どうもありがとうございました。
試合の運営スタッフの仕事は、全体的な大きなミスはなく、早め早めの準備が出来ていました。ただ、自分は呼び出し係りでしたが、相変わらずトーナメント表に気をとられていることが多かったので、また次への課題にしたいと思います。それにしても、少年部を始めとして、力強い応援はとても試合を盛り上げてくれます。このように応援や拍手をいただくような機会は、特に社会人になるとほとんどないので、そのありがたみを今とても感じています。また、気持ちと気持ちのぶつかった熱い試合をたくさん拝見することができましたし、特に女子壮年部の試合では感動をさせていただきました。
試合、合宿といった行事は、普段の日常生活とはまた違う充実した時間、貴重な経験をすることができます。そしてその経験を通して反省点を見つけ、色々考えていくことで、人生においてまた何か次につなげていくことができるように感じます。それに試合のように何か目標があると、それに向けて普段の生活で頑張る一つの原動力になるのでとても良いことだと思います。
最後になりましたが、いつもこのような貴重な機会を与えて下さる柚井師範、ウルリカ先生、宮城先輩どうもありがとうございました。また今回お忙しい中審判に来ていただいた師範方、先生方、どうもありがとうございました。そして、運営スタッフ等でお世話になりました先輩方を始めとする道場生の方々、たくさんの御声援を下さった御父兄の方々、どうもありがとうございました。またこのような機会に積極的に参加したいと思っておりますので、今後ともよろしくお願い致します。 押忍。 |
| 小学5,6年の部 敗者復活戦 2位 東京西支部交流試合 組手の部 感想文 松宮 暖 僕は、朝とっても早く起きたので、少し寝ぼけていて、そんなに緊張していませんでした。家を、出発して体育館が 近づくと だんだん緊張してきました。朝食を 車の中で食べている時、緊張してきて あんまり食べられませんでした。駐車場で 時間を待っている間に どんどん緊張してきて 心臓が 口から飛び出しそうでした。体育館に入った時、色々な人達が いっぱいいて『勝てるかな〜?』と心配になりました。一緒の小学校の大野先輩と 渡辺先輩を、見つけて少しホッとしました。自分の試合が近づいてくると、どきどきしてきて心配になりました。試合の時、自分では 緊張していないと思っていましたが、あまり試合の事を覚えていないので やっぱり緊張していたみたいです。一回戦の判定の時『勝てたかなぁ?』と心配でしたが 勝てたので うれしかったです。勝てたので緊張が、少し解けました。二回戦までは、少し時間があったので他の人の試合を見ているうちに またどきどきと 心臓が鳴っていました。二回戦では 緑帯の先輩だったので、とっても緊張 してしまいました。二回戦では負けてしまいました。あの時は 自分の手数が、とても少なかったので負けてしまったと思います。次は 負けないで もっと突きや蹴りを出したいです。敗者復活戦まで そのままずっと試合がありませんでした。そしてお昼ご飯になり 大野先輩と 渡辺先輩と一緒に食べました。僕は、次の試合が近いと思ったのであまり食べませんでした。でも僕の好きなおかずや おにぎりがあったので とてもうれしかったです。敗者復活の一回戦は誰が 相手なんだろうと思って どきどきしました。なんとか勝ったけど 僕はまだ とてもどきどきしていました。それは 他の人の試合で『一本!』を取っていたすごい試合を見たからだと思います。次の相手は 黄色帯の人だったので、『がんばらないといけないな―』と思いました。苦しかったけど がんばって攻撃して 勝った時は とってもうれしかったです。なぜなら、これで4位以内に入れたとわかってからです。僕は『がんばって勝って1位なりたい。』と思いました。準決勝では、とても緊張し ていて 心臓がどくどく動いてなんだか気持ち悪くなってきそうでした。戦っている時『負けてしまうかも?でも一本負けだけはしたくない。』と思い回し蹴りが当たらないように がんばりましたが 負けてしまい、とてもくやしかったです。『三位決定戦では、絶対に勝つぞ!』と思いました。試合の間に他の人達の試合を見ているうちに また緊張してきました。それは、大人の人達の試合を見て「大人になったらあんなに激しい試合になるんだ― すごく痛そうだな―」と思ったからです。三位決定戦が始まる前は 緊張していたけど 始まった時は 緊張していませんでした。戦いながら「負けそうだ。」と思ったけど、「勝ちたい!」と思ってがんばりました。判定の時、勝てたか心配でしたが 勝てて 一番うれしかったです。それは 今回初めてたてをもらえるからです。 試合の前は こんなに 勝ち進んで行けるとは 思っていませんでした。がんばって良かったです。僕が、試合ですごいと思ったのは、石岡堅太くんです。四年生なのに 五・六年の部に入って優勝してしまった からです。体も大きくないのに すごいと思います。あと中学生の試合も迫力があってすごかったです。来年は 中学生だから 僕もがんばって 強くならないといけないと思いました。表彰式の時、「夢じゃないか?」と思ったけど、本当にたてがもらえて とてもうれしかったです。お母さんに 運が良かったと言われました。今度は 運では無く実力で勝ちたいです。家に帰って お父さんにたてを見せたらびっくりして喜んでくれました。やっぱりがんばって良かったです。 |
| 小学3、4年の部 3位 東京西支部交流試合 二村 翔 ぼくは、十二月二日の東京西支部交流試合に参加させていただきました。ぼくは、組手で内部試合に出るのは、二回目です。四年生の先輩達が五、六年生の部に出るのにぼくは三、四年生の部に出るので三、四年生の部でぜったいに優勝するぞとおもっていました。ぼくは、おじいちゃんがたおれてしまって、病院に入院していたので、ぼくは、試合の前の日におじいちゃんが入院している病院に行きました。おじいちゃんは病気と戦っているので、ぼくも、おじいちゃんに負けないくらい試合で頑張ろうと思いました。ぼくはおじいちゃんにいい結果を聞かせてあげる為にぜったいに優勝するぞと思いました。ぼくは試合の前日の夜、イメージトレーニングをしました。試合の日がきて、ぼくは泉体育館の駐車場について、師範とウルリカ先生にあいさつをしたら師範に「声が小さい」と言われたので体育館の中では、すごく大きな声を出すぞと思いました。ぼくは、体育館に入って、一回戦目の相手がすごく気になっていて、早く一回戦目の相手が誰だか知りたかったです。ぼくは、学年ごとに集まってトーナメント表をも らう時、五、六年生の部にいけなくて、すごくくやしかったです。ぼくはトーナメント表をもらった時、すごくびっくりしました。ぼくは、今年に行なわれた川崎交流試合で四年生の初級の部の決勝戦でぼくが戦った人でした。ぼくは、その時、勝ったので、今度は、気がぬけて負けたりしないようにしようと思いました。試合が始まって、ぼくは先輩の試合を見ていると、せめあって技を出しているのが、ぼくにはよく伝わりました。ぼくも先輩みたいに試合をしようと思いました。ぼくの試合が近付いてきて、ぼくは、すごく緊張してきました。ぼくは、コートの前に並んでいる時がんばるぞと思いました。ぼくの試合が始まりました。ぼくはいつも試合が始まると足がそろってしまいます。ぼくのお父さんは「足がそろうと相手にパンチやけりをされた時にすぐにさがったりたおれるぞ。」と言われたので、ぼくは、それを気をつけて試合をしました。ぼくは勝ちました。でも一回勝ったのでまた勝たないとダメだなぁと思いました。ぼくは先輩や後輩の試合を見ている時、みんなけりをいっぱい出していたので、ぼくも先輩や後輩以上にけりを出そうと思いました。ぼくはコートの前 で待っている時にいっぱいけりを出せるかなぁと思ってシャドウをしました。ぼくは足があまり上がらなかったので足が上がるまでシャドウをしていました。そうしているうちにぼくの試合の番がきてコートに入った時に頑張るぞと思いました。ぼくは試合中けりを意識しながら試合をしました。ぼくは勝ったけれどあまりけりが出ていなかったので次は、ぜったいにけりを出そうと思いました。ぼくはけりが出せなくて少しくやしかったです。ぼくは他の人の試合を見ていたら、ぼくの三回戦目の相手が試合をしていました。その先輩は、けりで相手をきかせていました。ぼくはそのけりに気をつけて試合をしようと思いました。でも気をつけているばかりではだめなので、ぼくはそのけり以上に強いけりをいっぱい出そうと思いました。ぼくは、コートの前に立って待っている時に、一気にきんちょうしてきました。でもぼくは、がんばるぞと思いました。試合が始まり、あせらないでれいせいになるぞと思いました。試合が終わって判定の時、ぼくは、すごくきんちょうしてきました。ぼくはなんとか勝ちました。すごくうれしかったです。でも試合の時、もしもれいせいになっていな かったら負けていたかもしれません。ぼくはすわって先輩や後輩の試合を見ている時、次が準決勝という事に気がつきました。ぼくは次が準決勝戦だと分かった時、すごくきんちょうしてきました。ぼくは、準決勝戦の相手が試合をしているところをみました。その相手は、ぎゃくづきで「合わせて一本」をとっていました。ぼくは、すごいなぁと思いました。ぼくもこういうふうになりたいなぁと思いました。ぼくは、このパンチに気をつけて試合をしようと思いました。準決勝戦を行う前にコートを一つにしました。ぼくは、一つのコートで試合をするのはすごくきんちょうするので試合中あまりあせらないようにしようと思いました。ぼくはコートの前にすわって先輩や後輩の試合を見ている時、今までで一番きんちょうしていました。ぼくは、コートの前に立っていて、次がぼくの試合の番の時ぼくはお父さんに「けりをいっぱい出して試合をしろ。」と言われたのでぼくは、強いけりをいっぱい出そうと思いました。ぼくは、コートの中に入って試合が始まりました。ぼくは、あせってしまって相手の顔面にパンチをしていました。ぼくは、主審に「顔面注意。」と言われたのでぼ くは、あせらないでれいせいになるぞと思いました。試合が終わって判定の時、ぼくは、すごくきんちょうしていました。すごくくやしかったです。ぼくは、負けてしまったのだから三位決勝戦ではぜったいに勝つぞと思いました。ぼくは、先輩の試合を見ている時、色々な技を出していたので、ぼくも色々な技を出そうと思いました。ぼくは、コートに入る時、がんばるぞと思いました。ぼくは勝ちました。すごくうれしかったです。でも、三位決勝戦で勝った時のうれしさよりも、準決勝戦で負けた、くやしさの方が大きかったです。ぼくは、もっと強くなるために、いっぱい練習をしようと思いました。ぼくは、同じ相手に、二度は、負けないようにしようと思いました。試合に参加させてくれた師範、ウルリカ先生、宮城先輩、先生方、お手伝いをしてくれた一般部の方がた、応援して下さったお父さん、お母さん方、どうもありがとうございました。 押忍 |
|
小学2、3、4年女子の部 敗者復活戦 2位 前の試合で一回も勝ったことがないので、今日は、「勝ちたい」と思いました。朝起きたら、「今日は試合だ」と思っていたけれど、あまりきんちょうしていなかったです。でも、朝ごはんは、食べられなかったです。 お母さんが、お弁当を作ってくれていました。「がんばろう」と、思いました 道着にきがえて、すぐ出発しました。とちゅう、コンビニで、買い物をしたらけんたくんに会いました。前も、試合のとき、同じコンビニで、けんたくんに会ったことがあって、けんたくんのお母さんが、「何かいいことあるかもね」と言いました。 体育館に、行って、だんだん、「だれとあたるかな」と、思ったら、少しずつ、きんちょうしてきました。体育館に入ったら、とても寒かったです。でも、サポーターを着けたら、あまり寒くなくなってきました。さいしょに男女に分かれて、次に、女子幼年の部、と2、3、4年と、5、6年の部に分かれました。 トーナメント表をわたされて、トーナメント表を見たら相手がだれか分かりました。それは、あいらせんぱいでした。あいらせんぱいは、いつもゆうしょうしていて、とても強いので、わたしは、「勝てない」と思いました。トーナメント表をお母さんにわたしに行ったとき、「さいあく!」と言ってわたしました。そしたらお母さんに「さいごまであきらめないでがんばりなさい。」と言われました。だんだん自分の番が近づいてきました。本気のつきやけりがあたったらいたいだろうなぁと思いました。自分の番がきて名前がよばれました。かまえたときに、あいらせんぱいは同じ三年生なのにせ が高くてとても強そうだと思いました。さいしょからつよいけりがあたりました。前に出ようと思ったけど、おされて前に出れませんでした。さいごにあたったけりで口の中がきれてしまいました。やっぱり負けてしまいました。負けた人がならぶところに行ってすわっていたらトイレに行きたくなって、手をあらったときにきれた口の中を見たら、いっぱい血がでていました。 昼ごはんを食べた後にはいしゃふっかつせんでさいしょのあいてはまりのちゃんでした。このあいだの組み手のしあいでもまりのちゃんに負けたし、かたのしあいでもまりのちゃんに負けたし、まりのちゃんに勝ったことがなかったのでがんばろうと思いました。がんばってほんきをだしてつきやけりを出していっしょうけんめい前に出ておしました。終わりのふえがなってもとのいちにもどってしょうめんを見たときに勝ったのか負けたのか、とても気になってドキドキしました。はんていは白の勝ちでした。はじめて勝ってとてもうれしかったです。勝った人がならぶところに行ってお母さんのほうを見たらはくしゅをしていました。それを見たらほめてくれてとてもうれしいと思いました。 前を見てならんでいたら、「荒井さくら!」とよばれてならんであいてをみたら、みずきせんぱいでこっちをみてわらっているようにみえました。またどきどきしてきました。ほんきをだしてがんばろうと思ったけど、どんどんおされてまえにでれませんでした。負けてしまいました。ああ負けてしまったと思いました。 ひょうしょうしきで名前をよばれてはいしゃふっかつせんの二位でたてをもらいました。もらえると思ってなかったのでびっくりしたけど、うれしかったです。お母さんもよろこんでくれました。こんどはさいしょに勝ちたいと思いました。 おうえんありがとうございました。 |
| 敢闘賞 からてのしあいにいったこと はらだ かける 12がつふつか、はじめてのしあいにさんかしました。 あさ、ままといきました。ぱぱにくるまでものれーるのえきのしたまで、おくってもらいました。 ちょっといっぱいものれーるに、のりました。ついたら、しらないひとがいっぱいいて、びっくりしました。 おすおはようございます。げんきにあいさつして、みんなとならんで、なまえをよばれて、おてがみをもらいました。 しあいがはじまりました。さいしょ、せいざして、しょうめんにれいをしました。 はじめてで、ちょっとしんぱいで、きんちょうしました。 いっかいめ、あいてがいなかった。かちになりました。 つぎは、まけました。 おひるにままと、おべんとうをたべました。おにぎりとやさいとからあげ、おいしくていっぱいたべました。 また、しあいのところにもどって、まけたひとのしあいに、でたけど、かてそうかなとおもったのに、まけました。ざんねんでした。 それからずっと、おにいさんたちのしあいをみていました。 みんなおわって、ならんでから、がんばったひとが、かんとうしょうをもらえてうれしかったです。 がんばってよかったです。 おすおす、といってから、しゃしんをとりました。 きょうは、たのしかった、ちょっとおもしろかった。 もっと、れんしゅうする。 がんばる。 原田 |
|
小学3,4年の部 4位 波多野 壮伸 12月2日、月曜日に、東京西しぶの、こうりゅうじ合が、泉体育館で、ありました。ついたとき、きんちょうしていました。せんぱいたちにあいさつをして、ドアの前にならんでいるとき、もっときんちょうしてしまいました。みやぎせんぱいに、「入ってください」といわれたとき、(これからし合がはじまるんだ。)と思いました。 入って、せんぱいたちやしはん、せんせいたちにあいさつをしたあと、しはんの話をきいて、トーナメント表もらいました。いつものときは、お父さんにわたすんだけど、今日は、いなかったので、お母さんにわたしました。し合は2面で、やりました。
ぼくは、A面でした。ヘッドギアをつけるとき、きんちょうしました。式村さんが、「がんばれ」と、おうえんしてくれました。1回せん目、いきなりバトルでビックリしました。ぼくは、(とにかく前にでるんだ。)と思いました。つきやけりを力強く、いっしょうけんめいだしました。1回せんめに勝てました。(この次のし合もがんばろう。)と思いました。
いくつかのし合を戦って、そのうちの1し合は、相手がいなくて勝ちました。せんぱいたちのし合を見ていたら、すばやくて、力強くて、わざがきれいにきまっていて、かっこよかったし、すごかったです。
その後、お昼休みになりました。式村さんと、もう一人の女の人と、お母さんとで、お昼ごはんを食べました。お昼ごはんを食べていると中に、(お昼が終わったら1面だな)と思いました。その後、お昼休みが終わって、A面とB面で、まだわかれていました。(今日は分かれたままなのかな)と思って、し合を見ていました。
しばらくし合があって、と中で、1面になりました。1面になったとき、(今までより、多くの人たちからちゅうもくされて、し合をやるんだ。)と思いました。見ていたら、はいしゃふっかつせんがありました。はいしゃふっかつせんを見ていて、強そうな人がいっぱいいました。赤の人が勝ったり、白の人が勝ったり、引き分けだったり、(どっちが勝つのだろう)とみていてドキドキしました。それに、ああいうときはよこげりかあ、とか、こういうときは、こうすればいいのか。ということがよく分かって、見ていて勉強になりました。つきけりが力強く決まっていて、とても勉強になりました。
はいしゃふっかつせんは、とてもはくりょくがあって、すごかったです。(ぼくも次のし合から、もっとがんばらないとな)と、思いながら見ていました。
はいしゃふっかつせんが終わった後に、3位けっていせんにいく人、1位けっていせんにいく人などを決めました。
じゅん決勝に負けてしまった後、ぼくは、いっしょうけんめいにがんばったけれど、3位けっていせんで、ぼくは、上段を、2本けられて、負けてしまいました。1本けられたとき、せんぱいが、「壮伸!上段が空いているから気をつけろ!!」とおうえんしてくれました。ぼくは、(まだがんばるぞ!)と思っていて、後ろに下がらないように、せめていたけれど、ぼくは、負けてしまいました。ぼくは、あと少し勝ち進みたかったけれど、(出来るところまで行ったんだ)と思いました。上段をけられて、負けてしまったときは、とてもくやしかったけれど、いつもよりいっしょうけんめいにがんばることができた!と思ったので、くいはありません。
し合が終わったあと、写真をとりました。集合写真もとりました。とったあとに、おどろいたことがありました。「帰るときは車ではなく、モノレールで帰る」と聞いていたけれど、お父さんが、来てくれていたのです。ぼくは、うれしかったです。それで、車で帰ることになりました。ぼくは、車の中で、(勝てたのもうれしいけれど、ほかのせんぱいたちのし合も見ることができて、よく勉強になったなあ)と思いました。
ぼくがこうしてし合をして、勝つことができたのは、ゆいしはん、ウルリカ先生、みやぎせんぱい、ほかの先生たち、お手伝いをしてくれたせんぱいや、せんぱいたち、おうえんをしてくれた方々、ぼくのお父さんお母さんや、みんなのお父さん、お母さんのおかげです。ありがとうございました。 オス。
|
|
小学3、4年の部 敗者復活戦 2位 試合が始まりました.ドキドキしてきました。最初の相手は山本しゅんやくんという人でした。いっしょうけんめいやりました。ぼくが勝ちました。うれしかったです。勝った人の場所へ行きました。それから2回戦をしました。がんばったけど負けてしまいました。ショックでした。負けた人の場所へ行って一般の人の応えんをしました。 お昼休みになりました。体育館の外でお母さんの作ったおべんとうをみんなで食べました。ママの妹もみにきました。お昼がすぐ終わって体育館に入りました。そしてやっと敗者復かつ戦が始まりました。 敗者復かつ戦の1回戦に勝ちました。次もがんばるぞと思いました。そして2回戦もかちました。次もがんばるぞと思いました。3回戦が始まって勝てるか心配しました。そして終わりにおなかにパンチをして終わりました。そして判定で勝ちました。とても疲れてきました。もうすぐで決勝です。ぼくの番になりヘルメットをかぶりました。審判に礼をして始まりました。最後に相手にひざげりをやられてしまいました。判定をして相手が勝ちました。ざんねんでした。全員終わって朝ならんだ場所にならびました。1位はトロフィー、2位はたてをもらいました。ぼくは2位だったのでたてをもらいました。みなで写真をとり体育館のそとでトロフィーとたてをもらったんで写真をとりました。それから外に出て師範と審判の人がいたのであいさつをして帰りました。今日はじめて勝ってよかったです。今度はトロフィーをもらえるようにがんばります。押忍 清水 一起 |
|
12月2日の交流試合の感想文です。 僕は、1回戦目に岡村丈君と試合をしました。 岡村君が、パンチをした時胸にあたりいたかったので僕も、おもいっきりパンチをしました。 それからケリを何回もしたら、丈君が後ろにさがったからもっとけったりパンチをしたら、しんぱんの人が終わりといいました。 はんていが、ひきわけだったので延長戦になり、何回もパンチとかひざげりをしました。 とちゅうで、丈君におもいっきりパンチをされていたかったけどがんばりました。 延長戦が終わって、前を向いてはんていを待っているとき勝てるかわからなくてどきどきしました。 赤1.2.3としんぱんが言ったときはじめて、ぼくが勝ったのがわかりうれしい気持ちになりました。 その後、正面と、しんぱんと、あいてにあいさつをして下がりみんなのおうえんをしました。 2回戦目は青おびでぼくより強そうな山本ひろと君でした。 山本君もぼくも何回もパンチやけりでおしつづけました。 山本君は青おびだからパンチもけりもいたかったです。 ぼくも、パンチもけりもほん気でしました。 山本君は回しげりが、たかかったです。 ぼくもパンチをほん気でしました、しんぱんが終わりといいました。 はんていが、またひきわけでした、延長戦をしました。 山本君は延長戦ではぼくをおしつづけました。 ぼくも、まけたくないからパンチやけりでおしつづけました。 山本君のパンチが思いっきりあたりおされたので、ぼくもおもいっきりパンチをしたらよけられたので、けりをしました。 しんぱんが終わりといいました、はんていではまたぼくが勝ちました。 2回も勝てたのでとてもうれしかったです。 3回戦目は波多野まさのぶ君と戦いました。 ぼくは2回も勝ったので、つぎも勝ちたいと思いました。 波多野君は、けりが強くぼくのパンチがあまりあたりませんでした。 でも、がんばっておしつづけましたがはんていで、負けてしまいました。 ぼくは、とてもくやしかったです。 あとは、みんなのところであぐらをしてほかの人のおうえんをしました。 ずっと、あぐらをしていたので足がいたくなりました。 それから、お昼ごはんを食べて元気をだしてパワーアップをしました。 お昼ごはんのあとは、敗者復活戦をしました。 次の試合は、関口たか大君でした、ぼくはけりを何回もしました。 関口君が、パンチでぼくのむねにあてたときとてもいたかったです。 しんぱんが終わりといいました、そうしたらまたまけてしまいました。 とてもくやしかったです、そのあとみんなとほかのひとのおうえんをしました。 やはり、あしがいたくなりました。 しあいのあと、ひょうしょうしきで、かんとうしょうをもらいとてもうれしい気持ちになりました。 しはん、せんせい、おとうさん、おかあさん、ありがとうございました。 |
|
12月2日、年に一度の東京西支部で行われる組み手の試合がありました。年々一般部の参加者も増えていて、普段は同じ道場で汗水流して共に練習して互いを高め合っている仲間とその日だけは敵同士でガチンコ組み手をします。ご父兄や試合を見に来たお客さんもたくさん来るので、すがい盛り上がる行事の一つです。 そんな試合に僕も出ることになりました。作文を書く機会が久々なので、僕の話を軽く話したいと思います。僕が空手を始めたのは小学校6年生からで、試合に初めて出たのは中学校1年生の時でした。が、僕は中学校ではバスケ部に入っていてどっちかというとバスケの方に力を入れていました。(親と師範には反対されていました)その頃は、まだ外部の試合だったり内部の試合にも出ていましたが、中3の初めに出て以来受験などもあり試合には出なくなりました。そのまま高校に入ってからも僕はバスケをやり続けていき、それからも空手の試合に出ることは有りませんでした。その頃からは練習に行く回数も減り、今では僕は一部の人たちから幽霊部員と呼ばれているらしいです。 実際、僕が試合に出るのは四年ぶりなので何週間も前から緊張と不安でいっぱいだったのは確かです。中学生の時はまだ僕の他に中学生が少なくて、中学の部がなかったので一般部に出ていました。体は中学生にしてみれば小さくはない方でしたが、やはり一般部の人達とのパワーの違いを思い知らされて一回も勝てませんでした。しかし、今はもう19歳。昔の俺よりはパワーは上がっているはずだ!と思ったら試合を終えてみると甘かったです。練習にはほとんど出られなくて、部活も引退している僕には体力がある訳もありませんでした。 当日、一般部は手伝いなどもありそれをこなしながらの試合でした。僕の一回戦目の相手は一つ上の同じ大学生の広重くんでした。日ごろスパーリングをしているので、強い相手なのは十分わかっていました。10分まえくらいから軽くアップをして、久々に味合う緊張感で心臓がバクバクでした。そして順番待ちで並び終わって、試合開始。一般部は本戦は2分。最初は打たれたら返す。打たれたら返す。と出来ていたもののやはり疲れが表れたのは、早かった。自分では動かなきゃいけないのは分かっているけど、体が全然動きませんでした。結局、延長まで行くとさらに動きが止まってしまい判定で負けてしまいました。完全に練習不足。師範にも体力が無さ過ぎと言われました。しかし、西支部の試合には敗者復活戦があり、一度負けてももう一回は戦えるチャンスがあります。次の相手は誰だと見ていると、げ!川越さんでした。川越さんは元ボクサーで練習にもたくさん出ていて、外部の試合でも優勝したことのあるかなりの強敵です。敗者復活戦は僕とっては幸運なことに、1分。しかも延長がないのでいかにその一分でがんばれるかでした。そして…試合始め!僕はパンチじゃ勝てないので下段で勝負しようと決めていたので、とにかく足を使い続けました。試合時間はたったの一分なのにかなりヘトヘトになってしまいました。結果は判定でどうにか勝つことができました。その時はすでに久々の試合とその勝利でかなり嬉しかったです。が、同時に右足の甲に痛みが発していました。見てみてたら軽く腫れあがってしまっていましたが、とりあえず応急処置だけをして次を挑みました。二回戦目の相手は、同じく強敵の井上さんでした。なんか、僕よりでかい相手ばっかりなのでかなりその時は絶望的でした。でも、とりあえずやれるだけやってみよう!ってことで二回戦始め!戦法はやはり下段。今更変に上手い技は出せないので、とにかく下段で攻めました。すると、井上さんの右足が効いた様にみえて一気にそこを攻めました。結果、下段回し蹴りの合わせて一本でどうにか勝てました。その時にはすでに普通にあるけない足になっていました。今度は右だけでなく左も。むしろ左の方が赤く倍以上に腫れ上がってしまいました。コールドスプレーでガンガンに冷やし続けて、すぐに三回戦。相手は以前にも格闘技をやっていて、親にもさりげなく次はかなり手強いぞと言われた二村さんでした。そして…三回戦始め!戦法は同じだけど、左はもう普通には使えませんでしたが、あと二回勝てば優勝なので意地でがんばりました。とにかくパンチ、下段、時々膝!それだけで繋いでいきました。構えがオーソドックスなのでどうしでも左の下段を中心に攻めてしまうので、蹴っているときもかなりの激痛でした。そして蹴り続けていると、右足が一瞬ぐらついたのでいっきにまた左足の下段連打でどうにか技有りを取ることが出来ました。と同時に時間終了で足にはかなりの負担が来ていて、時間に救われたなと思いました。結果は技有りのお陰で勝つことが出来ました。終わってから聞いた事ですが、二村さんも仕事などで練習には全く来られてなかったらしいと聞いて、それにも救われたなと思いました。そして、決勝戦。相手は大村さんでした。試合を見ているとスタミナがあって手数が止まらない組み手だったのでかなり不安でした。…試合始め!もう両足の甲はすでに腫れていて、下段は全く使いませんでした。というより使えませんでした。なのでとにかく突きと膝で勝負!途中に中段と下段を一発ずつ使ってみたが、かなり効きました。自分に。そうしている間に試合終了。判定は…優勢で旗が上がり勝つことができました。 終えてみると、久々にがんばった気持ちでいっぱいでうれしかったです。たまにはこういうのもいいなって思ったりした反面、足がかなり痛かったです。(ヒビが入っちゃいました笑) 師範や当日、審判をしていただいた師範、先輩方。ありがとうございました。押忍。 鈴木勇樹 |
|
小学3、4年の部 優勝
空手の交流試合 十二月二日(日)の朝、「さあ、試合だ。」と思いました。気分は、思ったよりよかったです。
車の中で、「いよいよか。」と思いました。立川まで行って、少し、到着時間が早かったので、車で時間をつぶしていました。そして、体育館の入り口の前で、そろそろかな。と思っていたとき、体育館の入り口が開いて、中に入りました。そして、待っている時、色々な人がいました。それで、もっと緊張しました。
そして、中に入る時、「オス。オス。」と礼をし、、そして、一般の方々たちや、柚井師範、ウルリカ師範、宮城師範たち、他の先輩や後輩たちにあいさつをして、待っていたら、柚井師範が、やることを話して、2コートに分かれて、試合が始まりました。ぼくは、「とうとう始まったんだな。試合が。」と思いました。そして、自分がよばれて、「オス。」と返事をして、最初も緊張してたけれども、ならんだら、心ぞうがものすごくどきどきしました。そして、自分が呼ばれた時、「これで負けたら終わりだ。ぜったいにかたなきゃ。」と思いました。そして、とうとう試合が始まりました。最初に少しおいつめて、キックを出したけれど、かわされて、つきで一回外に出しました。そして、時間になって、元のいちにもどりました。そして、はんていになりました。ぼくは、どっちがかつのか。と思いました。そして、はんていは、引き分けが1で、白が2で、赤は0でぼくがなんとか勝ちました。そして、正ざして、少しやすんでいるときに、ぼくの父が来て、「つきもけりもぜんぜんできていないぞ。もう少しちゃんとやれ。」とおこられてしまいました。そして、がっくりしていたら、「菅野岳史。」とよばれ、「オス。」とへん事をしてならびました。ならんでいる時、一般の人が「体をほぐしとけ。」と言われました。そして、自分の番が来て、戦う相手がとても強そうでした。それに、初戦をかちぬいてきたんだから、強いんだな。と思いました。「でもかつ。」と思って試合に臨みました。
そして、試合が始まって、お父さんから言われたように、つきぬけるようにつきを相手のはらに入れて、何回も入れている内に、中だんづき技有りになりました。そして、またついていたら、一本でかちました。そして三回戦進出になりました。そして、ぼくの兄は、一回戦は一本でかったんだけれども、二回戦で石岡賢太君に負けてしまいました。そして、はい者ふっ活戦も負けてしまいました。ぼくは、それを聞いたとたん、「えっ?」と思いました。二人とも残れなかったのが、すごくざんねんでした。でもぼくは、まだのこっているので、「ぜったいゆうしょうする。」と気合を入れました。そして、三回戦で、よばれて、「ここはかたなきゃ。」と思いました。ならんでいて、相手はオレンジおびの人でした。でも気を抜かず、がんばろう。と思いました。そして、試合が始まり、相手が最初に前げりをけってきて、ぼくも負けずについて互角でした。そして、ぼくがおいつめて、そして時間になりました。はんていは3対0でぼくがかちました。そして、準決しょう戦に進出しました。そして昼休みになりました。あと二回かてば、ゆうしょうだ。と思い、そして、ぼくはずっと、ぜんぶ、三回戦までで、そこで負けているので、初めてこんなにかてたので、それだけでも、自分の新しい記ろくです。とてもうれしいです。そして、食事後、軽く体をほぐして、体を動かしていたら、体育館から宮城師範が来て、「もう入れる人は、体育館に入れ」と言って、ぼくは大丈夫なので入りました。そして、次々人が入って来て、そしてまた試合が始まりました。まずは、はい者ふっ活戦の人たちが試合をやりました。ぼくは、まだ負けていないので、ずっと見ていました。ぼくは、やっぱり人のを見ると、はく力がちがうなと思いました。そして、はい者ふっ活戦も、色々と決まって、ついに、1コートにしぼられました。そして、ぼくの、じゅん決しょう戦が始まりました。
まずは、つきでこうげきしたけれど、相手も、負けずにつきを入れてきました。「どんどんてきも強くなっていっているから気を抜いてはいけない」と思いました。と中で、ぼくの顔に相手のつきが入ってしまいました。そして、時間になり、はんていになりました。はんていは、引き分けが1本、ぼくの方が3本、相手の方に1本でぼくがなんとかかちました。ぼくは、たまたま相手が顔に当ててしまっただけで、たまたまかった試合だと思いました。そして、ぼくは決しょう戦に進みました。ぼくは、「あと一歩でゆうしょうだ。」と思いました。それに、決しょう戦なので、すごく緊張しました。そして、決しょう戦なので、ぜったいにかつ。」と思いました。そして、正面に礼、主しんに礼、お互いに礼をして、試合が始まりました。まずは、相手にきょりをとって、上だん回しげりを入れて、後は、つきを入れて、相手においこみました。そして、ぎりぎりの所で、相手がねばってきて、そして、ついて、ついて、何回もついていたら、外に出すことができました。そして、元のいちにもどったら時間になりました。そしてはんていになりました。はんていは、全部、ぼくの方にはたを上げてくれて、5-0でゆうしょうしました。あの時はすごくうれしかったです。そして、正ざして、他の人の試合を見ていました。そして試合も、もう終わって、表しょう式になりました。ぼくの番に来て、「ゆうしょう、菅野岳史」と言われ、どきっとしました。そして、柚井師範に、「お前、ゆうしょうはじめだよな。次もがんばれよ。」と言われたので、すごくうれしかったです。そして、表しょう式も終わり、箱をもらい、写真をとりました。そして、大会も終わりました。本当に、一般の方々、柚井師範、ウルリカ師範、宮城師範、本当にありがとうございました。こうやって、5年間はじめてゆうしょうできたのは、お父さんのアドバイスや、みなさんのおうえん、そして自分の親のおかげです。こういう事を日じょう生活につないでいきたいと思います。 オス。
|