反省文
11月4日に茨城北交流試合がありました。
ぼくたちは、この試合ですごく失礼なことをしてしまいました。手をブラブラさせたり立ち歩いたりしゃべったりしていました。
西支部の交流試合で手をブラブラさせたり立ち歩いたりしゃべったりしていると怒られてそういうことはしてはいけないとわかっていたにもかかわらず
ぼくたちは手をブラブラさせて立ち歩いてしゃべっていました。ぼくは、しゃべっていました。
先輩のぼくがそういうことをしていると後輩が先輩のマネをして同じことをしてしまうというこということはわかっていたのにそういうことをしてしまったと
いうことは、先輩としてはずかしいことをしてしまったと思います。
わかっていてなぜそういうことをしてしまったのか考えると、ぼくはわかっていても、ぜんぜん気にしていなかったからだからと思います。先輩としてぜんぜん気にしていなかったということはすごくわるいと思います。
ぼくもふくめて、みんな、ねめていたのかもしれません。小さい試合だと思って、気合が足りなかったのかもしれません。
ぼくは黄色帯の先輩にもかかわらず、後輩たちに注意することも、怒ることも、すっかり忘れていました。ぼくは黄色帯にふさわしくない態度で会場にいたと思います。
自分の試合や、支部の人たちの試合を応えんをすることはできました。
けれど自分もふくめて、みんなの行動をちゃんと見てあげることも注意できなかったことも怒ることもできなかったことは、すごく反省しています。結局、自分のことしか考えていなかったのかと思います。
黄色帯としての資格が足りませんでした。もっと、もっとみんなのことを気にかけて、他の支部の選手の試合を見ればよかったと思います。
初めて行った茨城北交流試合なのに師範から反省文を書かされるとは、思ってもいませんでした。でも反省文を書かされたのはぼくたちが試
合を見る態度がわるかったからです。
この先、試合のたびに、みんなに目を配り、自分がお手本となるようなふるまいをしたいと思います。それにはどうすればいいか今、考えています
。自分の試合のことを緊張します。けれど、その中でもまわりをよく見て行動するように、自分もきおつけます。
もっと強くなるためにも、稽古はもちろん、まわりにも目を配るように気おつけて行きたいです。
いつも宮城先輩にまかせっきりで、もうしわけないです。ぼくたちのことで宮城先輩が師範に怒られてしまうので本当に、もうしわけないと思ってい
ます。ぼくたちはもっとしっかりしないといけないと思います。
試合の応えんをするときなど自分の試合のことばかり考えていて後輩たちが応えんできるように後輩たちをあつめたり、宮城先輩のてつだいをするべきだったのにぼくは、自分の試合は次何試合目か、次の相手はだれなのか、どう戦おうか、自分のことばかり考えていたように思います。たとえば、小さい子たちが試合中に走って遊んでいるときに怒ってあげられない。試合中にしゃべっている人がいるのに注意してあげられない。そういうときに怒ったり、注意してあげないと先輩がいる意味がないと思いました。
トロフィー剥奪と言われたときは、しょうがないと思いました。自分たちがもっとちゃんとして試合の見て、会場にいたらトロフィー剥奪というのはなか
ったと思います。トロフィーを箱に入れたまんまおいておいて、10年後にあけろといわれたときぼくは、10年後にあけるときは、もっとまわりを見て、どこか行ったときに遊んでいる人がいたら怒ってあげて、しゃべってはいけないときにしゃべっている人がいたら注意してあげられるようになって、成長してからあけたいです。10年後も今もあまり、まわりの見方がかわっていなかったらさらに10年後にあけたいと思います。
最後になりましたが、柚井師範をはじめ茨城北支部のみなさん、宮城先輩、そして東京西支部のみなさん、大変もうしわけございませんでした。
木村啓亮
押忍