参加選手、精神面未熟の為、全員一回戦負け!
(順位・トロフィーは剥奪!)精神面の欠落した、どうでもいい単なる表面的な、幻として消えた記録
幼年の部 ベスト4 田中虎明
小学1年生 初級の部 優勝 田中智龍
小学2年生 中級の部 優勝 相庭尚葵
小学3年生 初級の部 優勝 柿花将
小学4年生 中級以上の部 準優勝 石岡堅太
ベスト4 相庭和蒔
小学5年生 初級の部 優勝 柿花拓海
小学6年生 中級以上の部 優勝 鈴木晴樺
小学6年生 中級以上の部 優勝 木村啓亮
準優勝 佐藤啓介
中学生 軽量級の部 優勝 鍵政太希
準優勝 原拓己
中学生 重量級の部 優勝 原田拳斗
一般初級の部 ベスト4 吉永典正
敢闘賞 浅野正行
努力賞 田中虎明
今回、大内先生の茨城北交流試合に参加させて頂きました。澄んだ空気と、自然に囲まれた場所での試合でした。しかし、東京西支部の稽古生は、過去最悪の”試合に臨む態度”で、私は、本当に恥ずかしく気分の悪い思いをしました。宮城を筆頭にこれまで学んできた試合前後のマナーや態度などが全く生かされていませんでした。確かにゆったりとした自然の中にある会場であり、ある意味、穏やかな空気が漂っていたかもしれませんが、それに流され、感化されて、気が緩み、だらしなくなってしまい、修行の成果が現れていないのには本当に情けない限りでした。
仲間の応援で移動したあと、時間があれば、無駄話をしてぶらぶらしている。あぐらをかいて観戦しているときに手は握って足の付け根におくべきなのにできていない。自分の子供の応援のときは、中央で一生懸命応援するのに自分の子供ではない東京西支部の選手だと応援に参加しないか、参加しても隅の方で、いるのかいないのかわからない声でしか応援しない一般、女子稽古生(自分の子がみんなから応援して貰っているのに他人の子には応援しないなど呆れて話にならない)、まだ一般の試合が残っているというのにマヌケな宮城を筆頭に記念写真をとりザワザワ騒いでいる、 トイレのスリッパは並べない(合宿で出来ても他で出来なければ意味がなく、私がトイレに行く度に直している様では仕方が無い。トイレのスリッパなんて気にしていたら試合に集中出来なくて負けてしまうとかいう間抜けで自分のことしか考えられない”器の小さい”稽古生は試合だけに集中していても絶対に勝てません)など、、、、例を上げたらキリがありません。自分達が入賞したり、頑張ったらそれでいいのか?やりたい放題でいいのか?いつもそれを厳しく注意してきたのに全く身に付いていない。これまで私が細かく注意しているからその度に軌道修正できていたのが、今回、最後に私が主審をしていて注意できなかったので、宮城も東京西支部の連中も軌道修正がきかず、やりたい放題。いつになったら私に言われたことが身に付いて、私なしでも人生に活用できるのか、、、本当に情けないです(主審をしながら、東京西支部の態度の悪さを見たのと、主審をしていてそれを注意出来ないイライラで、私自身修行が足りないと思い反省しながらも、私の激しい怒りは頂点に達していました、、、笑)。
人様の試合に参加、勉強させて頂くという立場なのにもかかわらずあの態度、、、もう一度原点からやり直さなくてはならないでしょう。今回、上っ面の表面的な順位や、トロフィーを得たかもしれませんが、そんな意味のない下らないものは全て忘れる事!”実質全員一回戦負けだ”と心に刻む事!参加選手、応援の稽古生全員が心から反省しなくてはなりません。トロフィー、順位は剥奪!頂いたトロフィーは今後10年間箱から出さず、絶対見ない(10年後に反省を踏まえて、じっくりみればいい)。本当は優勝なんだとかは絶対思わず、精神修行が足りなかったため一回戦で負けたと自分を戒めなくてはいけません。自分の事ばかりで周りに目を向けられない、、、少年部はまだ仕方無い部分もありますが、一般、女子部は、大人なんです。自分の事だけ考えていていいのか?少年部を注意しなくてはいけないんじゃないのか?宮城が私から叱られたりしてやっている事は準指導員だからじゃないんです。空手を修行しながらそれを活用して人生を送るのであれば、人間として当たり前の事や気遣いを宮城にさせているんです(もっともこの宮城も修行不足で大問題なのですが、、、)。特別な事じゃないんですよ。周りに気を配って親切にする、注意して軌道修正してあげる事が特別な事ですか?人として当たり前の事ですよね?自分だけ助かればいいのではなく、周りにも気配りをしてあげてください。
宮城も昔なら切腹もの、今一度、原点に帰って反省するべきでしょう。物事には必ず原”因”があって結”果”がある。大自然には”因果”の法則があります。例外なく、今自分に振り掛っている失敗や辛いことの原因は、間違いなく自分自身にあります。他人のせいでは決してありません。中間でだれかに何かされてきたような事でも元の原因は必ず自分にあり、自分が蒔いた種から始まっています(もちろん、逆に楽しい、嬉しい事も同様で原因があるから結果があります)。物事は原因が無く偶然起こる事なんて絶対ありません。つまり今回、東京西支部稽古生がやってしまった失態は、責任者である私が蒔いた種から始まっている事になります。私自身が誰よりも一番反省しなくてはいけないと思います。
茨城北交流試合が終わって次の稽古で、私や指導員に”お礼”を言ってくるのですが、茨城でやってしまった失礼な数々の”反省”を言ってくる人は大人から子供まで(自分で反省し憶えていていた人は)ほとんどいませんでした。大変残念に思いました。私に注意されて、次に会ったときもお世話になった”御礼”を言えるようにはなりましたが、まだ、身に付いていなく、形式的に憶えているだけなので応用がきかず、”お詫び”に関しては全く対処できない、、、、残念で心が痛いです。枝葉ばかりを見て直そうとして、幹や根を根本的に成長させようと修行していないからこういう事になるのです。例えば、友達の家に遊びに行ったとします。そこのお母さんが、紅茶とケーキを出してくれました。”ありがとうございます。いただきます”といって食べ始め、そのうち紅茶をこぼして、迷惑をかけてしまったとします。次にその友達のお母さんに会ったときに”先日は、ありがとうございました”とお礼を言っただけで終わるつもりですか?”紅茶をこぼして迷惑かけて申し訳ありませんでした”ぐらい言うのは人として当たり前の事ですよね?それが今回出来なかった。茨城北交流試合に参加させていただいたのに、本当に失礼な事をしてしまったんだと深く反省していない証拠です。もちろん失礼な事を直接したのは、大内先生や関係者の方々、茨城北支部の方々に対してなのですが、大内先生に直接謝れるのは、いつの事になるか分からないので後日になるとしても、東京西支部の門下生として参加したのだから、私に直接迷惑をかけたわけではないけれど、”反省し次から注意して頑張ります”という気持ちを示すべきです。これは私に対してのお詫びでというより稽古生自身の反省を深める行為としてという意味です(直接迷惑かけたのは、私というより大内先生や、スタッフの方々に対してなのですから)。いつも私からの注意を上辺の形式的なものとして捉えているから、”お礼”は言えても”お詫び”はいえないという間抜けな事になるのです。枝葉だけをみるのではなく、幹や根に気持ちを向けてください。そうすれば、全てに通じます。
この一件に関しては、まだ反省しなくてはならない事が起きました。もともと、お世話になったり、恩を受けたら次に会った時ぐらいはもう一度その人にお礼が言えるようでなければならないと、昔私が注意し始めた頃に発覚した事と同じ事なのですが、最初は、合宿や試合の当日に終了後お礼が言えても、次の稽古で会った時にお礼が言えず、厳しく注意して少しづつ自然にいえるようになってきたのですが、お礼を言えた稽古生は、自分が言えたのだから、もう関係ないという感じになり、他の子が言えなくて私から注意されても気にしないので、私が怒り、”自分さえ助かれば、他の人はどうなってもいいのか?忘れているような子がいたら教えて、助けてあげなくてはいけない!”という説教をしました。すると今度は、考えも無く”師範に叱られるからお礼言わなきゃ駄目だよ”と手当たり次第教えまくる子が増えてきました。お礼は私から叱られるから言うのではなく、感謝の気持ちを示すために言うのであり、単純に事前に教えまくってしまうのは本当の親切じゃないと注意しました。つまりこういう事です。本来自分で気付かなくてはいけない事なのにいつも人から教えてもらって形式的に実行しても身に付いているわけではないので意味がないのです。教えた人も、自分が人に親切にしたと酔いしれて自己満足しているだけで本当の親切になっていないのです。自己満足の為に教えるのではなく、周りの人の成長の為に伝えるのです。
本当の親切とは単純に教えてあげるだけではなく、本人に忘れていたことを自覚させ、反省を促し、自分で気付けるようにしてあげる事です。まず、自分が言えたら、他の子がいえるかとうか様子をみてあげる。普通に”押忍、こんにちは”と通常の挨拶だけで終わって、私の前を立ち去ったら、”あっ、忘れてるな”と気付き、その子のところへ行って”忘れてるよ”と小声で教えてあげる。その子は、”しまった!”と思い、忘れていた事に気付き、私のところへ再度来て言うことになり、私からは叱られる事になる、、、、。こうやって叱られて忘れている事に自分で気付いて、憶えていくのです。忘れていたのに事前に教えてもらったら”ラッキー!”と思うだけで反省も少なく、中々憶えられません。そして自分から言えた人は、自分が助かれば、他の人はどうなってもいいのではなく、相手を気遣ってあげる能力も身に付きます。(自分だけ言えて満足して終わっている人間は、言うのを忘れてしまった人間よりも別の意味で最低です)。それを昔から散々厳しく注意してきました。
ところが、今回は”お礼”が”お詫び”に刷り変わっただけなのに幹や根の大切な部分が出来ていないため、全員が言うのを忘れ、前日の稽古で、私にこのことを叱られた稽古生が、次の日の稽古生に手当たり次第、無差別に事前に教えてしまう(勿論本人は悪気があったわけではなく、親切心からなのですが)という大失態になってしまいました。そして子供達からの話で父兄同士の間にも情報が流れ”お詫びしないと師範に叱られるよ”という子供の成長にも何の役にも立たないアドバイスがなされていたようです(笑)。自分の子供に”お礼いいなよ””謝りなよ”と言うのは仕方ありませんがませんが(本当は、”うちの子忘れているようだから、師範に叱られて自分で気付けばいいや”という親心を持つか”この前、合宿あったよね〜、とか直接教えてしまうのではなく、さりげなく気付かせるのが、本当の愛情なんですが、、、)、他の親、子に言ってしまうのは、本当の親切ではなく、その子を駄目にしてしまっている事になるのです。自分で気付く能力が育たないまま、人に言われて言えるようになっても成長には繋がりません。御父兄の皆様も本当の意味での子供達の成長の事を考えてあげて下さい。初級の稽古生は仕方無いにしても、黄帯以上の少年部稽古生は少年部に対しては勿論の事、一般部や父兄の方々が(ズレている親切心ではありますが)教えて下さる事があれば”アドバイスありがとうございます。でもこういう事は僕達が自分で気付かなくてはいけないことですから、御気持ちはありがたいのですが次回からはアドバイス無く見守って下さい”に近いことが言えたら最高ですね(勿論、騒がしくて注意されたり、やってはいけない事をして叱られたりする場合は”ハイ。ありがとうございます”と言って素直に言う事をきかなくてはいけませんから状況判断を間違えてはいけません)。
長くなりましたが、とにかく茨城北交流試合に参加させていただいて、原点に戻らざるを得ないような事に気付かせて勉強させて頂き、大内先生には心より感謝いたします。稽古生のみんなはトロフィ-を貰って入賞する事よりも大事な勉強をさせていただいたことに感謝しなくてはいけません。茨城北支部のスタッフの方々、審判の方々、遠路、稽古生の勉強の為に少年部を連れてきて下さった御父兄の方々及び応援の稽古生のみなさん、ありがとうございました。お疲れ様でした。(稽古生のみんなは必ず感謝の気持ちを家族に示すこと!)
押忍参加選手全員(25名)と応援・付き添い道場生 (6名)の反省文
幼年の部立山聖稀
田中虎明
(11月10日更新) (11月14日更新)
小学1年生 初級の部田中智龍 (11月14日更新)
小学1年生 中級以上の部折本啓太(11月13日更新)
小学2年生 中級以上の部相庭尚葵(11月14日更新)
小学3年生 初級の部柿花将(11月13日更新)
小学3年生 中級以上の部浅野太雅(11月14日更新)
小学4年生 中級以上の部丹啓裕
中島功樹
石岡堅太
相庭和蒔
立山紗羅
(11月13日更新)(11月14日更新)(11月9日更新)(11月13日更新) (11月14日更新)
小学5年生 初級の部原歩己
柿花拓海
(11月13日更新)(11月13日更新)
小学5年生 中級以上の部鈴木晴樺(11月13日更新)
岸本翼 (11月14日更新)
小学6年生 中級以上の部丹隆一郎
佐藤啓介 木村啓亮
立山怜雅
(11月13日更新)(11月9日更新) (11月14日更新) (11月14日更新)
中学生 軽量級の部原拓己 (11月13日更新)
鍵政太希(11月13日更新)
中学生 重量級の部原田拳斗(11月13日更新)
一般初級の部吉永典正(11月13日更新)
浅野正行(11月14日更新)
応援や付き添いで来た一般・女子の稽古生
鈴木大樹
馬場裕子
折本真理
柿花亜紀子
石岡通孝
宮城芳紀
(11月14日更新) (11月13日更新) (11月9日更新)(11月9日更新) (11月13日更新)
柿花慧
(11月14日更新)

