上級小6男子 優勝 加藤辰享
加藤辰享
5月27日 栃木県小山市にある栃木県南体育館で 大46回関東交流試合が行われました。 
今回の試合は 全日本ジュニア大会への出場権をかけたとても重要な試合で 東京西支部では
上級の部での優勝が 全日本ジュニア大会に出場する条件です。
僕はこの関東交流試合に出場するのは 久しぶりです。
他の選手の応援にはずっと来て居ましたが 今回自分が出場するとなるとても緊張します。
関東交流試合は交流試合と言っても 普通の交流試合とは違いとても参加人数が多く 毎年400人を超える選手が参加し、
強い選手も数多く出場します。その中で優勝すると言うことは、とても大変なことです。 でも僕は小学1年の時から毎年全日本ジュニア大会に 
出場しているので出場しないわけにいきません。昨年の全日本ジュニア大会で優勝し 二連覇を達成してから僕は三連覇をすることを目標に
この一年間頑張ってきました。 二連覇を達成している人は沢山いますが 三連覇をしている人となると極端に人数が減ります。
僕はその他大勢でなく 三連覇を成しとげている少ない人の中に名前を残し その次のたった一人しか成しとげていない四連覇に
名前を連ね、その上の五連覇 六連覇を成しとげることが、僕の全日本ジュニア大会の最大の目標です。
その為この関東交流試合は優勝しか有りません。
 「我が家は 前日の26日に佐野インター近くのホテルに、泊まりました。 昨年も秋の関東交流試合の前日に来泊まったホテルです。
昨年の夏に父の目が悪くなってしまい 長距離の運転はとても大変でましては寝不足のまま 朝日の光を目にあびながらの運転は
とても苦痛であり、又目にも大変悪いことなので みんなで相談した結果 昨年から栃木で日帰りができる距離であるのですが
前日から来るようになりました。でも寝不足することなく試合にのぞむことが出来るので、僕達にとっても前日入りはとても良いと思います。
この日は明日にそなえゆっくり睡眠をとりました。翌日の朝、ホテルで食事をとっていると横浜木元道場の人達に会いました。去年このホテルに泊まった
時は、僕は試合には出場せず弟だけが出場したため、朝食も気軽に食べられましたが、今年は僕も出場するので気楽には食べていられません。
朝食をしっかり食べているのと食べていないのとでは、試合に対する影響がかなり違います。僕はしっかりと朝食をとり、準備をし会場へ向かい
ました。会場に着くと、もう大勢の選手が集まっていて駐車場も満車でした。
会場に入り受付の方に挨拶をし、みんなが集まっている体育館に行きました。すると東京西の師範、宮城先輩、一般の先輩の方々
試合に出場する選手、その御父母の方々、沢山の人がいました。
僕はその方々一人一人に挨拶をしてまわりました。そして一般部の先輩が出席を取っていたのでそこで、名前を言いパンフレットをもらいました。
パンフレットを見ると僕の一回戦目はシードで、実際の対戦はBコート56試合目でした。4回勝てば優勝でした。自分の試合が来るまで
僕は同じ東京西支部の選手の試合を応援したり、身体を動かし自分の試合のイメージトレーニングなどしていました。
そして僕の試合の十試合前になり、僕の緊張もじょじょにましてきました。試合五試合前になると名前を呼ばれ白コーナーの方に行き
ヘッドギアをつけました。僕の前の試合が終わると、自分に気合を入れ試合にのぞみました。主審の「はじめ」の声とともに僕は前蹴りで
飛びこんでいきました。試合時間が一分なので僕はとりあえず突きと蹴りを出し続けました。そして試合が終了し、判定です。
結果はなんとか5−0で勝つことができました。その後も危なげながらもなんとか準々決勝、準決勝と勝ち上がりとうとう決勝戦です。
相手は同じ東京西支部の木村啓亮君でした。過去に一度だけ戦ったことがありその時はなんとか僕が5−0で勝っています。
でも今回はどうなるかわかりません。僕は気をひきしめて決勝戦にのぞみました。僕は名前を呼ばれると「押忍」と大きな声で返事をしてコートの
中に入りました。コートに立つと今までの準々決勝、準決勝とはまた違った緊張感がありました。主審の「はじめ」という声で試合が始まりました。
僕は、最初から最後までとにかく突き、蹴りを出し続け、動き続けました。そして一分の短い試合が終わりました。いよいよ判定です。
僕は自分を信じて結果を待ちました。結果なんとか5−0で僕が勝利し、全日本ジュニア大会への出場権を手にすることができました。
最後になりましたが、
この大会を開催し僕達に貴重な体験をさせてくださった栃木支部の方々 本当にありがとうございました
                                    押忍