宮城芳紀




昇段審査を受けさせて頂いて
宮城芳紀

 押忍  今回昇段審査を受けさせて頂きまして、本当に有難う御座居ました。今回は、やはり、結果は、落ちてしまいましたが、得た物、空手に対する気持ち、(何の為にやっているのか。)そして始めた頃の思いなど、いろいろな大切な物、そして、今まで空手を続けてきて失いかけ、見えなくなり始めていた物達を、また、もう一度、呼び起こす事が出来た審査であったと思います。
 昇段審査が、近付き、その時には、自分が空手を始めてから、十一年という時間が経っていました。(今考えると、たかだか十一年ポッチだなと思います。)自分の中には、大きな不安と、そして、心の隙間には、要らない物が、入り込んでいたと思います。しかし、それにも気が付かずに、普段と同じ様に、「今日も頑張ろう」と、稽古を続けて来て居ました。そして、少しずつ、空手を始めた頃の気持ちとは違う方向へと進んでいってしまいました。空手を始めた頃の気持ちとは、空手を始めるに至るまで、やはり自分も、沢山、悩みも有り、辛い事もいろいろ有り、(生きていれば当然の事ですが・・・)こんな事では、これから先も、こんな人生なのかな・・・それならば、俺は生きて居ても意味が有るのか?と、自分と言う存在を、だんだん否定し始めて来て居た頃です、自分の自宅近所に住む、自分とは仲良くしてくれていた、近所では有名な喧嘩の強い年上の友人と遊んでいたある日、自宅付近の空手道場の前を通った時の事でした。「ここの空手道場はヤバイ、メチャクチャ強いらしいぜ。」と、聞きました。
その時、すでに、「多分、自分は、世界再弱なのではないか?」などとも思って居た時期でした。「何の為に生きて居るのか、生きて居て、この先、今まで迷惑をかけて来た人達、恩の有る人達に、はたして自分は恩を返す事が、出来るのだろうか、そしてこれから先、守るべき人達を守ってなんて行けるのか?」と、考える日々に、「この道場なら何か見出す事が出来るかも知れない、諦めそうになった自分の人生、どうせならやるだけやってみよう。限界まで頑張って、それでも出来無いのなら、その時に諦めても良いじゃないか。」と少し前に踏み出す事にしました。いざ、道場の扉を叩く時、「限界まで頑張る前に殺されてしまうんじゃないか」と、一瞬不安が過ぎ去りましたが、「それならそれだ」と、思い切って中に入らせて頂きました。道場の中は、扉の外の世界とは明らかに違う空気が流れて居ました。中にいらっしゃる方々も、自分が感じた事が無い気を放って居ました。その最前、中央には、柚井師範がおられました。そして、入門し、何ヶ月か経つ内に、当時の自分には何よりも辛い稽古になって居ました。しかし、当然、弱音など吐く人など居る訳が有りません。自分も、こんな事で弱音など吐いている様では、入門した意味、悩んだ意味、そして生きて来た意味すら無い様に思え、必死で先輩方について行こうと思い頑張りました。
何年か続き、気が付けば、少しくらいの辛い事も大した事では無いと思える様になったりしました。これもまた、キツイスパーリング中に思ったりもしましたが、一撃をもらって苦しんで居る最中に、「中々人間は、そんなに弱く無い物なのかな」など、色々プラスに考え始める様になって居ました。そして、その内に、その前に向いた考えで、ほんの少しでも、御世話になってきた、世の中に、恩返しには程遠いのですが、プラスな物を返せて行けたらと思うようになって居ました。遥か遠いのですが。人の為に、御世話になった方々の為に、いつの日か恩を返す為に、そう思い続けて、進んで来たつもりでしたが、未熟な自分には、とうてい、真っ直ぐ進んで来る事は出来無かったのだと思います。しかし今回の昇段審査を受けさせて頂きまして、沢山の事が頭に浮かびました。勿論、審査の最中は、無我夢中で、やらせて頂きました。自分には十一年物事が続いたのは、初めての事でした。昔、柚井師範に、先輩方と銭湯に一緒に御供させて頂いた時、師範に自分が、「ここで頑張って続かないのなら、やはりどこに行っても同じですね。」とお聞きしました時、「ああ、そうだな。」と答えて下さいました。自分は、空手を始めるまでは、オートバイのレースや、音楽をかじる程度やってみたり、多少の事を、やってみましたが、最終的にはやはり、いろんな理由で辞めてしまいました。その後は、オートバイを改造したりして、乗るぐらいでした。そして、そのオートバイにも乗る事が出来なくなる事があり、オートバイも売って、手元には、自分の能力、財産だと思って居たものが無くなってしまいました。そして、先に書かせて頂いた様に、色々な嫌な事達が、次々に来ました。その後、空手を始め、そしてその、銭湯での師範とのお話の後に、色々考えました。良い物、良い服を持っていたとしても、やはり物だな、その物が手元から無くなってしまえば、何も持っていない事になる、しかし、師範、先輩方は、万が一、何も物が無くなったとしても、「空手」と言う財産が、体の中に残る。やはり今まで通り、辛かったり、多少の理由で諦めてしまったら、今までと同じ様に、何も変える事は出来ないし、また上辺だけの財産を手に入れたとしても、今までと同じ様に繰り返して何も残らなくなるかもしれない。ここで頑張って行かなければ何も得られない。そして、限界までは、まだ行ける筈だろう。元はとても小さな人間だけれども、何とか頑張って少しでも大きくなれれば。色々考えたりしました。そして、また数年経ち、徐々に帯の色が上の色へと変わる事が出来、後輩の人達が沢山増えて来ました。自分も、稽古も前に立たせて頂き、準指導員として稽古させて頂ける様になりました。そしてやはり更に難しくなりました。やはりここでも無我夢中でした。今までは号令で動くのが、今度は自分が、号令をかけさせて頂くことになり、最初の頃は、何度も何度も気が動転しそうでした。しかし、何とか教えて頂いた事を、後輩の皆さんに分かって頂く為に頑張ろうと思ってやらせて頂きました。昔は、「こんな自分には、絶対に人前に立ち、こんな事をするのは無理だ」と思って居たのですが、これはやはり、やらなければいけない当然の通る道だと思いました。師範は川の流れは上から下へ行く、綺麗な水の流れも途中でせき止めてしまったら、そこで水は濁ってしまうとおっしゃいました。自分も、その途中にいるのであれば当然のことでした。無理などと思っては、やはり何も前に進めないし、何も変わっては行けない。何とか頑張ってやって行こうと思いました。そしてまた、足りないながらも、何年か続くことが出来ました。そして、それまでに、稽古中、辛い時も、一緒に頑張って来たり、自分の試合の時までも、応援に来てくださったり、共に色々な事を一緒に歩いて下さった皆様の力も有り、ここまで続いて来て居ると言う事だと思いました。自分は、空手を始めなければ、そしてここまで続け無ければ、絶対に出会う事の無かった、大切な、大きな力だと思いました。やはり、自分一人の力だけでは、中々物事を続けて行く事は難しいし、色々な場面で、仲間の方々、対戦相手の方々、色々な方々が居なければ、勉強にもなりません。感謝の気持ちが湧きました。そして、前回の、一級の審査会を受けさせて頂く事となりました。それまでには、何度か辛く、この先続けて行けるのだろうかと思った事も有りましたが、何とか一級の審査までたどり着く事が出来、ここまで来たのだから、自分の全ての力を持って、挑ませて頂こうと、強く思う事が出来ました。出し切れていたの知もしれません、その時の結果は、なんと昇級に合格する事が出来ました。自分の様な人間にも、頑張ってやって行けば、何とか結果につながってくれる事も有るのか、と思いました。そして、後輩の皆さんの前に立たせて頂き、稽古させて頂く日々が続きました。毎回汗だくになり、頑張らせて頂いていたつもりでした、が、色々な事を学んでいたと同時に、慣れて来てしまっていたのか、少しずつ空手を始めた頃の気持ちが、はっきりとは見えなくなり始めて居ました。そして、月日が経ち、昇段審査を受けさせて頂ける事となりました。いつも同じ様に、今回も頑張ろうと、稽古に励んで、少しずつ近付いてきている昇段審査は、一歩ずつ、真っ暗な空間の中に、出口の扉を見つけて歩いている様に思いました。しかし、その時にはもう、自分には必要の無いものまで心に入ってしまって居て、しっかり前が見えなくなってしまっていたのだと思います。多分、その見つけた扉は、出口とは違う扉で、開けた瞬間、断崖絶壁で、踏み外し、谷底に真っ逆さまだった事だろうと思いました。そして、ついに、昇段審査の日となりました。今までやって来た事、学んだ事、自分の中の全てを出し切って挑もうと思っていました。しかし、心にも隙間が空き、代わりに違う物で埋まったままの状態で臨んだ所で、当然合格する筈は有りませんでした。審査の終わりに、師範に、心のその部分の事を指摘して頂き、自分は絶対その様にはならないと誓って空手をして来たつもりが、いつの間にか、違う方向へと進んでいた自分に腹が立ち、情けなくなり、涙すら浮かんで来ました。そしてその後、考え、過去の記憶、出来事をしっかりと振り返る事が出来ました。空手を始めた頃の気持ち、忘れかけていた大切な物達を甦らせる事が出来た昇段審査だったと思います。これから先、二度と繰り返さない為にも、初心、得る事が出来た宝物は、絶対に手放さないで居ます。今回も、先生、先輩方、後輩の皆さん、そして、一番大切な部分を引き出して下さいました柚井師範、本当に有難う御座居ました。
押忍


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