ぼくは道場で、お兄ちゃんとお母さんの空手を見ながら走り回っている時に、師範に「お前も一緒に空手やるか?」と言われて
始めました。
空手を見ているときは簡単にできると思ったけど、やってみたら間違えてばかりでした。間違えて師範に注意をされるのは嫌です。
今まで、2回師範にほめてもらいました。とってもうれしくて気持ち良かったです。
これからもビシッと頑張って、先輩みたいに上手になりたいです。押忍
小峰侑士
ぼくが空手を始めたのは、五歳の年長の時に友だちにさそわれて見学に行ったのですが、最初から体験をさせてもらい
すぐに入門しました。どうぎを着て練習するのが初めてなので、ドキドキしながら練習をしていました。
でも毎回通っていくうちにドキドキしていたのがなくなり気合が入るようになりました。
型のじゅん番がわからなくて先ぱいのを見ながら練習しました。それでもわからないので家でも何ども練習しました。
おぼえられずにくやしくて泣くこともありました。でも型をおぼえてしんさを受けさせてもらい初めておびに
色がつき、とてもうれしかったです。
色おびになって初めてし合に出場しました。一回戦目の相手は、たつゆき先ぱいで、5対0で判定負けでした。勝てるはずがないと
思っていたけどくやしくてなみだがとまりませんでした。
その後もいろんなし合に出場しました。でも、ねつで休んだこともあります。その時父さんに「自分の体は、自分でかん理しろ。」
とおこられました。
三年生になって初めて外部のし合に出場しました。何度か勝つことができて、いっぱいやる気がでてきました。そしてまた、
たつゆき先ぱいとし合をすることになりました。けっかは、前と同じで5対0の判定負けでした。
ぼくのまわりには、強い先ぱいや友だちがたくさんいるので、ぼくも強くなれるようにがんばります。押忍
小峰知己
私が空手を知ったのは子供が習い始めてからのことです。それ迄は、武の道のものには全く興味がなく、空手のイメージといえば
板を割ったりバットを折る、そのくらいのことしか頭に浮かびませんでした。ですから、道場訓や型等覚えることがたくさんで大変だな、
うちの子大丈夫かな?と不安に思っておりました。
そんな時、一緒に見学していたお母さんに「型は足の運びが同じだから太極其の一を覚えれば何とかなるよ。」と教えていただき、
家でビデオを見ながら子供と一緒に練習しておりました。そのお母さんの言うとおり、一つ覚えられれば、上手、下手はともかく、
順番だけは頭に入りやすくなったようです。その頃はまだ空手を始めたいとは思っていなかったのですが、当時、道場生を募集するプリントに、
"老若男女問わず、美容と健康の為に"という言葉に引かれ、いつもそのプリントを見つめていました。同時に、もともと空手に興味のあった
主人は、いろいろな本を買い集め、一緒にそれらを読んでいるうちに、空手って面白いな、やってみたいなと思うようになりました。
そのことを主人に話したのですが、初めは「お前には無理」と相手にしてもらえず、数ヶ月たった頃は「いいかげんな気持ちで
始めたら子供に悪い影響を与えるから駄目だ。」と反対され、それでもしつこく言い続けてる私に「家事が一番、仕事が二番、空手は三番目だ。」
それができなければすぐに辞めろ。」という条件付きで、許してもらえました。
空手の稽古は思っていたとおり、見ているより、やってる時の方が楽しく、益々空手が面白くなってきました。とは言っても、
私が稽古に行ってる間は当然主人が子供の面倒を見なくてはいけないし、「稽古の後にご飯なんて作れない。」と言い、家事の方は
手を抜いていたので、主人にとっては面白くなかったと思います。それでも、空手が夫婦共通の趣味となり、共感してもらえたようで、
今のところ、辞めろと言われずに済んでおりますt。
しかし、昨年の秋頃、主人の仕事の都合で自分の思うように稽古に参加できず、辞めようと思った時期が有りました。
そのことを師範とウルリカ先生に申し上げると、私も上の子と一緒に少年部の時間帯に練習をし、その間下の子は、
道場内で見学をさせてはどうか、とおっしゃっていただきました。
今までよりもたくさん練習できる環境を作っていただいたおかげで、充実した日々を過ごしております。又、空手は全くヤル気ゼロだった
下の子も、急に興味を持ち始め、入門し、一緒に練習に励んでおります。
主婦という立場なので、空手一色の生活はできませんが、母として空手を頑張ってる子供達のために、
丈夫な体を作れるよう栄養管理に気を付け、応援していきたいです。
今後もいろいろな事が有ると思いますが、一生、何らかのかたちで空手にたずさわっていきたいと思っております。押忍。
小峰和世
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