石井 幹善・雅子・貫太



押忍。自分が極真空手を始めてたのは、二十八歳の時です。自分の健康維持、また、息子をたくましく育てたい事と、共通の趣味を持ちたいと、入門したのがきっかけです。入門した当時は、柚井師範、また先輩の皆様の強さや凄まじさなどに触れ、このまま続けられるか不安になった事を覚えています。今でもありますが、入門当初は、稽古の日が近づくにつれ、だんだん不安になり「稽古に行きたくないなぁ」という気持ちがでてきました。試合の前、審査の前などにも、同じような不安感に付きまとわれます。しかし、このような気持ちは、自分だけではないようで息子も同じ気持ちだったようです。でも自分が不安を口にしてしまえば息子はもっと不安になると思い、励ましながら、一週間に一度のペースを崩さぬよう、稽古に行きました。そのお陰で、何事にも諦めがちだった自分でしたが、極真空手を通じて前向きに、最後まで諦めない気持ちが、少しずつ芽生えてきました。このことは仕事でも非常に役立っています。息子も、前までは泣いてばかりでしたが、少しずつではありますが、自分で進んで自宅でも練習するようにもなりました。
正直、仕事との両立は、かなり難しい時もありますが、柚井師範、先輩の皆様、道場生の方々に支えられ続けられることができました。そして、稽古後の爽快感は、何事にも代えがたいものがあります。
「頭は低く目は高く、口慎んで心広く、孝を原点として、他を益する」
柚井師範がよく言いますように、最後の
「孝を原点として、他を益する」
は、何かの見返りを考えることなく愛情を注ぎ子を育ててくれる親に対して孝を尽くす。このことを基本にして自分意外の人に見返りなしで有益な事をする、プラスになる事をする、常に相手のことを思い、尊重する精神を忘れずに、これからも稽古していきたいです。
押忍
石井幹善

私が空手を始めたのは、小学四年生のときでした。
五年前にお父さんと弟が空手を習い始めました。でもその時は、私は恐くて習う気にはなりませんでした。だから、いつもお母さんと見学をしていました。
四年生になった時、
「強くなりたい。」
と思って、体験に参加しました。恐い気持ちもまだありましたが師範や先輩方がやさしく教えてくれたので、お父さん達と通うことにしました。
見学していた時とは違って、一時間があっという間に感じます。
最初は思うように体が動かなくて、型でも細かな部分でわからなくなってイライラしました。頭ではわかっているのに、足や手が逆だったりして、怒られたこともありました。
でも、今ではあまり起こられません。
昨年、昇級試験を受けました。初めて受けた試験は、3時間で私はきつかったです。でも、10級に受かってうれしかったです。初めての色帯でとてもうれしかったです。
そして、今年2月20日の昇級試験も受けました。まだ結果はわかっていませんが、自分なりに一生けん命がんばれたと思います。
技を今よりもっときれいに正確にだすようにがんばりたいと思います。
これからも、お父さんたちに負けないようにがんばりたいと思います。
石井雅子

ぼくは4才のときにお父さんと空手をはじめました。お父さんと見学に行ったとき「ちょっとコワイなあ。」とおもいました。 でもつよくなりたい気もちがあったのでがんばることにしまいsた。さいしょは何もわからなくてないてばかりでした。 まえにお父さんが空手のし合にでました。すごくかっこよかったからぼくももっとうっまくなるようがんばろうと思いました。 今はおねえちゃんもいっしょにならっています。かたがむずかしいけどじょうずにできるとかっこいいのでがんばります。 いろいろなしあいやかたのしあいにでられるようにがんばり強くなり、なかないようにがんばりました。父さんより強くなりたいです。 ぼくは4歳のとき空手にいくときはやだと言ってなきました。でもお母さんにおこられて行っていました。
でも今ぼくはおこられて行くんじゃなくて空手に行くのが楽しみで、ぼくはもっともっと強くなりたいです。
石井かん太




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