立山 美穂さん



子供たちと空手
「おかあさん、おれ、空手を習いたい!」っと言ってきたのは、当時四歳の怜雅でした。
私も、自分の子供がやりたい!習いたい!という事は、やらせてあげたい、という気持ちはあったのですが、やるからには真剣にやらせたいと思い、
「一年経ってもその気持ちが、変わらなかったら通わせてあげる!」
と、約束しました。
五歳になっても、その気持ちは変わらず、私もそれならと、怜雅の友達のお母さんに、紹介をしてもらって、入会させてもらいました。そのころ三歳だった紗羅は、兄の姿を見て、
「さらも、空手を習いたい!」
と、その頃から言っていましたが、
「五歳になったらね」
と、やはり紗羅も様子を見ようと約束をしました。
怜雅が空手を習い始めて、一年半で紗羅も入会!お互いに良いライバルのようで、一人で通ってたときは、なんとなくガンバっていたのがプライドも手伝って、もっと頑張るようになりました。
初めての合宿では、まだ怜雅一人で、ものすごく緊張したのか、迎えに行ったとき もどしてしまってビックリしました。初めての試合は一度も勝てずに終わり、次の試合も惨敗でした・・・。本人は、ちょっと落ち込んで、少しいやになっていた時もあった様子でした、でも私にやめたいとは言わず、自分なり頑張れることから頑張ろう!と、努力をしていることが伝わってきたので、私もほっとしました。そんな時だったでしょうか、紗羅も入会して怜雅に追いつこうと(おいぬこうと)気合の入った妹に、怜雅も少しずつエンジンがかかり始め、マイペースではありましたが、気合も伝わってくるようになりました。合宿もはりきって行くようになり、組手もまだまだ苦手だけど、元気に
「いってきまーす」
と言う声が聞こえて、うれしく思いました。
また、紗羅も怜羅に支えられながら、誰にも負けない負けん気で、空手が本当に笙に合っていたようで がんばっていました。いろいろな先輩方にも出会い、合宿でも心強かったとおもいます。今では二人とも合宿が楽しみになっていて、私も安心して送り出すことができています。
二人一緒の初めての試合、二人とも風邪で熱の中がんばったけど一度も勝てず、次の試合で紗羅は四位 になれてうれしそうでした。でもなんとか四位になれた、と言う感じで、その後の家での練習には、なかなか身が入らなかったように思いました。中だるみだったのでしょうか、強くなりたい、、級もあがりたいと言う気持ちはあったようですが、二人ともそれなりになんとなく通っていた様子でした。
次の試合!私の中でも二人の中でも、この試合があったから今の二人があるように思います。
その日は朝から怜雅も、紗羅もやる気満々でしたが、やっぱり試合は一勝も出来ず、それでも二人はあきらめず、
「敗者復活戦がある!」
と頑張ったのですが、そこでも一回も勝てずに、ひたすら先輩やみんなの応援で、一日が終わってしまいました。以前までは、「あ〜あ」みたいな落ち込みしかなかったので、親の私が一人でじれったくてイライラしていました。でもこの日は違いました。怜雅も、紗羅も、くやしさがあふれていて、自分たちの練習不足を、実感していました。私に
「自分たちで自転車で通うから、週二日以上通わせて」
と言っていたのです!少し悩みました、私も仕事で夕方世話をしてあげられないし、紗羅もまだ一年生だし・・・でもやっと出たやる気を、大切にしなくてわっと思い、自転車でいけそうな天王橋会館に行っても良いよ。と、二人で助け合うこと、終わったら必ずメールすること!を約束しました。しばらく通い自信がついたのか、
「昭島にも行けるかもしれない」
といいだし、通わせることにしました。今までの場所より遠くて、時間帯も遅かったので心配だったのですが、頑張って通っています。
初めて出た型の試合では、紗羅は優勝することが出来ました、怜雅も三回勝つことが出来て、なんだかなんだか私もうれいしかったです。
紗羅は自信がつき、怜雅はまたさらに気合が入り本当に良く頑張っているとおもいます。仕事に家事に育児に、おわれなかなかゆっくり、話を聞いたり一緒に悩んだり出来ないのですが、怜雅と紗羅の空手という世界をこれからも見守りながら私も一緒に学んで、そして成長していきたいとおもっています。師範にも稲冨先輩にも、たくさんの先輩方にも、感謝の気持ちでいっぱいです。そしてこれからも本当によろしくお願いします。でもこの作文はめちゃめちゃ大変でしたけどね(笑)




前のページへ戻る 道場紹介へ 入門案内へ 行事案内へ ニュースへ